医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

投稿原稿のTOP

投稿原稿

● 医学ジャーナリスト協会2月例会講演「現場から見た医療制度改革」
第2部:現場がイメージする医療制度改革
済生会宇都宮病院 中澤 堅次
 厚生労働省が良く示すグラフがある(図1)。医療費は年々増加し、対GNP比率も増加しているというもので、同じグラフに、医療費は金額で、GNP費は%で示してある。金額と%を比較するから双方とも増加しているように見えるが、両方とも金額で表示すれば、GNPはすごく上がっているのに医療費はほとんど増加していないことがわかる。意図的な情報操作としか考えられない。GNPが上がって国民の生活レベルが上がったのに、病院は相変わらずの大部屋、診察前の長い列をみても戦後とあまり変わっていない。  国家予算も日本は社会保障に19%しか使っていないが、合衆国予算は52%が社会保障費である。こういうことは公表されない(図2)。
図1 左図は厚生労働省のグラフ、右は同じデータを金額同士で比較したグラフ
国民医療費と対国民総所得費 国民医療費と国民総生産
図2 国家の歳出日米比較 (ピンクの部分は社会保障費)
 日本は在院日数が長い。アメリカは4日、日本は30日、それだけ技術レベルに差があると宣伝する。理解が出来ないから現地で調べてみると、アメリカでは入院費用が日本の10倍だから、直りきらないうちに退院してナーシングホームに移ることがわかる。

 看護婦数が足りないといえば、日本は病床数が多いから薄まっているだけで、在院日数が少なくなり、病床数が欧米並みになれば不足することはないという。在院日数を減らしてわかることは、病床の回転数が上がることだから看護婦は忙しくなりもっと必要になる。アメリカの看護婦は医者の代わりも出来る指導的な地位で、日本の看護婦がやる雑用は別の職種がやっている。このことをごっちゃにするから現場の看護婦は忙しい。

 医者が足りないといえば、数年後は医師の過剰になると医者減らしにかかる。しかし、医療事故多発や研修医義務化で、大学病院や市中病院がいっせいに指導要員や当直要員を確保し、必然的に医師不足になることを読んでいない。現場では技術のあるベテラン勤務医が忙しさに嫌気がさして、次々に開業をえらんでやめていく、病診の報酬格差政策が受診者の病院集中とともに、医師不足にも影響している。
 日本の医療には無駄があるという。外来システムの電算化が行われ、瞬時に薬局に処方情報が流れるシステムを構築すれば、医者が金儲けために薬を出すという決め付けで、医薬分業を強引に推し進め、この合理化をつぶしてしまう。アメリカでは医師が病院に所属しないからオーダリングはどこもやっていない。効率を非効率にしているのはなにか、医薬分業が本当に医療費を下げたのか、自らが政策の結果を分析する姿勢が必要である。

 価格破壊を医療の世界に期待する向きもあるが、ユニクロ3分の一、医療10分の一、ユニクロは市場原理という歯止めがあるが、悪意に満ちた行政には歯止めがない。基盤も出発点も事情も違う外国のもの真似は問題を解決しない。

 現在の医療制度の問題は、高齢化による医療需要増大、国家保険の財政破綻、それと医療サービス低下に要約される。いろいろな政策が提案されるが、医療費を下げるのに有効な政策は自己負担を多くすることと、包括払いを導入することだけであり、他の政策には国民医療費を下げるものはない。今回の改革は自己負担増加路線に沿ったものであるが、この政策は本当に医療を必要としている人に重くのしかかる。また高額医療費の支払い限度額を上げたが、もし完全撤廃になれば、最も重要な日本の制度の利点が壊れる。この制度は病気になって始めて解る恩恵、ジャーナリズムは正しく捉えて守ってほしいと思う。
 保険は将来必ず破綻する。高齢化はすべての国民に起こり避けようがない。病気として捕らえれば際限なく投入が行われる。今の保険は定額の保険料を払えば、その額に関係なく、出来高払いで際限ない給付が受けられる。高齢化社会には保険は通用しない。もう一つの政策である診療報酬の削減は人件費を下げるだけ。現場の人不足はこういう政策が長年続いたから起きている。いずれにせよ三方一両損は3つの問題のどれをも解決しない。

 問題の解決は高齢者が抱える問題の解決である。昭和初期は家庭が高齢者を支えたが、近代化は家族を壊した。20世紀日本の医療の理念「すべての国民に最高の医療を」はすでに通用しない。高齢者医療に関して「死と老と戦う」方向性は「死と老を避けがたいものと考えて年老いた国民を支える」方向性に変わるべきである。それは延命治療ではなく苦痛の緩和であり、救急救命ではなくとりあえずの収容である。臓器別の侵襲治療は包括的な保存診療に変わるべきである。

 医療制度改革は、医療を受ける国民の意識も変らなければならない。小泉政権がやるべきことは現場も見ないで制度をいじることではなく、「死と戦う」パラダイムを「高齢化した国民を支える」パラダイムにシフトすることにある。そこには新たな可能性が生まれる。
------------◇-----------◇-----------◇----------
当日でた質問です。
質疑1: 医師会とは違う意見が医者の中にあるということをはじめて知った。病院の声が聞こえない。中医協に病院の代表者を入れる運動はこのごろ聞かれない。もっと努力するべきである。
質疑2: 医師は忙しいとは思うが、当たり前の生活を心がけるべき、医療の世界に埋没しないでほしい。家で夕食を食べることからしないと、一般の感覚とはなれてしまう。
質疑3: 今日の話しを聞いてもまだ疑いの目は消えない。医師には聖職集団意識が強すぎる。これに固執するから、民主主義の庶民の立場と衝突しているのではないか、一度このヒエラルキー(聖職集団意識)を検討してほしい。
このページのトップへ

投稿原稿のTOP

Copyright (C) 2006 NPO Iryoseido Kenkyukai. All Rights Reserved.