医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第39回 医師の地域偏在、診療科偏在を放置する国と医師会は同罪 < 第31回 〜

講演会

第40回講演会抄録

「医師不足、女性医師の現場」


朝霞台中央病院脳外科 下田仁恵氏
女性医師が家庭を持ちながら仕事を続けることは肉体的、精神的な面から強さが要求されます。出産を終え復帰を前にすると、仕事に対する責任感や熱意から1日も早い復帰を強く願う一方で、わが子の育成が安全かつ良好な環境で行えるか心配になります。今まで通り働けば家族や子供に負担がかかり、今まで通り働らかなければ同僚に迷惑をかけ、戦力にならないというレッテルを貼られてしまう。出産や育児、次世代の育成という女性本来の役割を担いつつ、医師として活動をしていくことは、進んではすぐに振り出しに戻ってしまうすごろくのようだと感じます。脳外科医と育児を両立しようともがく女性医師にとってどのような環境が必要か私の経験をお話したいと思います。

埼玉県医師会が県内の勤務医に行ったアンケートで、両立が可能であった理由に家族の協力(64%)や勤務先の理解(38.5%)があげられています。私は脳神経外科に入局し、4年目に第一子を出産しました。医局には妊娠中の当直免除などの前例がなく、長時間にわたる心マッサージで切迫流産を経験、どうにか出産にこぎつけました。当時、育児休暇法はまだ施行されておらず、産後8週での職場復帰を余儀なくされました、まだ首の座らない子供を預けて長時間労働に出なくてはならない事の大変さを、一緒に働く医師たちには理解できなかったでしょう。

この頃、無認可保育園を除いては、1歳未満の乳児保育に空きがありませんでした。私は実家の近くに転居し、日中両親に預けることで復職が可能となりました。仕事中、自然にでる母乳を空き時間を見つけて搾乳し、冷凍庫で凍らせて自宅に持ち帰りました。冷凍庫の母乳をみられるのは恥ずかしく、また当直の日には何パックにもなるので他の医局員も迷惑だったのではないでしょうか。搾乳の部屋が確保できないときはトイレで搾乳し捨ててしまうこともありました。手術が長時間になると胸に巻いたタオルが染み出した母乳の重みで落ちてしまう、隣のオペ室で小児の泣き声が聞こえると反射的に胸が張る、女性にしかわからない激しい痛みを感じながら、自分が母であることを思い知らされるのです。仕事を終えて帰宅すると夜泣きが待っています。3時間おきの授乳は主人に替わってもらうわけに行かず、睡眠不足と戦いながら、究極の状態で働いていました。

白分が頑張ってもどうすることもできないのは子供の病気です。病児は保育園も預かってくれません。診察につれていかなくてはならないこともあります。このようなことは突然起こるので一緒に働くスタッフたちに迷惑がかかり、いやな顔をされたりもします。24歳で卒業する女医にとっては仕事を覚えるのに一番のがんばり時でもありますが、学ばなくてはならない時期に出産育児という状況がかさなってしまいます。男性医師が飲みに行ったりしながら上司と、師弟関係を築き、腕を磨いていく中で、術後管理もままならないおかあさん女医は「私にも・・」とはなかなかいえなくなっていきます。

集団保育で感染症にかかるたびにいいわけをしなければならない立場に本当にうんざりしてしまい、わが子は医師としての自分よりもっと違う自分を必要としていると言い訳をするように、一時職場を撤退してしまいました。ここで初めて、結婚し子供を持ったことが、女医にとって負けであることに気づかされてしまいます。アンケートでは、両立できなかった理由の50%以上は育児支援体制が無いというものです。私は搾乳する時間や空間を準備でき、病児保育が可能な環境を持たない職場では育児休暇をとらせることが雇用者の義務であってほしいと思います。

私は2人目の出産を機に脳外科の常勤をやめました。脳外科や内科の日勤バイトをし、上の子が小学校に上がった年に老人保健施設で常勤として復帰しました。このころは母と役割の違う3人のベビーシッターの手を借りていました。二人目の子供が小学校に上がった年に脳外科に復帰しました。しかし2年たったところで主人の留学。この期間はリサーチをしました。アメリカでは公立小学校にさまざまな民営の学童保育が出入りし、学校まで迎えにきます。その経営はYMCAや教会や日本でいえば塾などで、費用も質も多様な中から選ぶことができます。また父母会などは夕方7時から始まり、参加者の半分が父親です。今日は父母会なのでと早退する必要はありません。同じ公立小学校でも日本は母親がフルタイムで働くことは例外事項なのです。PTAでは役員をやらないと母親同士の非難の的となるような体制を公立の学校が推奨してしまっているようです。国レベルで育児支援制度の整備を行おうとする一方で、こんなところでも女性の杜会進出の足を引っ張っているのです。

2006年さまざまな企業が育児支援制度に参加して、働く女性やその家族のサポートを始めました。病院で働く女性医師の支援体制と一般企業で働く女性との違いを考えて見ました。当直明けのない医師の職場は、当直に入る日は約36時間家をあけなければならず、この間子供の世話はできません。預ける時間が長いため預け手を捜すのが困難です。おまけに殆どの病院の託児所は医師の子供の優先順位は低いようです。また子ども自身にも精神的な負担がかかることも忘れてはならないことだと思います。親などの協力が得られないときはベビーシッターを頼むのですが、一人一時間2000円程度、二人で2倍、さらに夜間割り増しが加わると当直料を越えてしまいます。夫が帰宅できないときには、お金を払って当直をしている状況で、経済的負担もかなり大きいのです。これに対して一般企業ではシッター料金を負担するところも増えています。

また医者は緊急の予想がつかないため、突然帰れなくなることがあります。これは子供が中学生になったいまでもとても苦労しています。夫も帰れない場合子供はコンビニで夕食を買い、翌日の朝と昼のお弁当を自分で買いに行くことになります。この繰り返しで、わが子の健康管理すらできないことを思うと、働くことに罪悪感まで覚えてしまいます。

医局に所属しているときは定期的に出張を繰り返すため、妻が単身赴任しないかぎり、転居せざるを得ません。子供の学校が公立であればその度転校しなくてはならないのです。

子育てはいつ終了という区切りが無く、中学生ともなれば日常生活の手はかかりませんが、夏休みなどは目が届かなくなることが心配です。反抗期になり、さまざまな少年犯罪からも、親子関係が問われています。この時期は一緒にいる物理的な時間より、じっくり心を割って話せる時間と心の余裕が必要だと感じます。医師である母親は我が子の成績や生活態度への関心が一般に高いのではないでしょうか。自分が働くことで自分白身が受けてきたレベルの生活や教育環境を与えるのが困難になると、子供の将来や可能性を犠牲にして働いていると感じてしまいます。

アンケートでは医師の労働条件と女性医師の生活が両立するために何が必要かを問うているなかで、当直免除、時間外勤務免除、フレックスタイムなどの勤務時間に関するものがあげられています。しかしこれらは女性医師への優遇であってはならないとも感じます。当直免除した分は、当直あけの医師の翌日勤務をサポートするなど、代わりに労働時間が増えてしまう同僚への配慮を欠いてはならないと考えます。

育児が一段落し、ある程度の長時間勤務が可能であれば、女性医師である私は雑用係や補助要員ではなく主戦力として働きたいと願っています。経験したことのない手術に挑戦したいとも思います。そのためには再教育が必要で、研修医の教育システムがあるように長期離職を余儀なくされた医師にも再教育システムを作成していただきたいのです。

以上をまとめてみますと、医師になるため男性と同じ努力をして全く同じ免許を取得したにもかかわらず妊娠、出産、育児を担う女性医師の環境は、男性医師より身体的にも精神的にもハードです。女性でなくてはできないことが多く、代理がきかないのです。でもこの経験が私たちを人間として一回りも二回りも大きくすると考えてほしいと思います。戻ったり、止まったりしているように見えても、子供を介して地域杜会とつながりを持ち、母親同士の人間関係が生まれるなど、その経験から得るものがあり広い意味では確実に進んでいます。

最後に女性医師も考えてください。現在、医師不足の原因に女性医師の増加が挙げられています。このことが、短絡的に女医は戦カにならないと思われて、女性医師の育成に歯止めがかかってはならないと思うのです。実際の医療現場においても、日々女性医師の二一ズは高まり、患者さんも女医を希望するケースが増えています。私学にせよ助成金という形で医学教育には莫大な税金が注がれ、私たち女医も医師として一生貢献する義務を持っているのです。どうしても続けられなくなったときは、次に復職するチャンスを常に念頭において働ける環境を自ら求め続けるべきだと思います。日本も遅ればせながら、杜会における男女共同参画という問題を検討しています。今後女性医師の活動をサポートする環境づくりを嘆願し、発信していきましょう。

このページのトップへ

第39回 医師の地域偏在、診療科偏在を放置する国と医師会は同罪 < 第31回 〜

Copyright (C) 2006 NPO Iryoseid Kenkyukai. All Rights Reserved.