医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第38回「介護保険制度改革と慢性期医療」 < 第31回 〜 > 第40回「医師不足、女性医師の現場」

講演会

●第39回医療制度研究会講演会

医師の地域偏在、診療科偏在を放置する国と医師会は同罪


岩手県立病院名誉院長・医療法人日新堂八角病院  樋口 紘先生

 樋口先生は福島県の農村のご出身で、昭和41年東北大学を卒業、今年まで岩手の27ある県立病院の中核である県立中央病院の院長を勤められた。インターン闘争で国家試験をボイコットした御経験から正義を通すことに対して強い意識を持ち、日本医師会の勤務医委員会、全国自治体病院協議会、などで委員をつとめられ、医師不足や臨床研修制度に関して勤務医の立場から熱心に提言されてこられた。今回はご自分の活動のご経験から、医師不足と医療の平等についてお話をいただいた。

◇ 日本の地域に置ける医師偏在の実態
 無医地区は半径4kmに50人以上人口があるのに医師がいないところをさしている。北海道、岩手、広島などに多く、北海道111箇所、全国では787箇所、無医地区に住んでいる人口は北海道1万6千人、全国では16万4千人といわれる。国の考えはそんなに人口が多くないのだから医師も国の金も使えないと考えているのではないか。人が住んでいれば生活があり、生活があれば人は病気を避けることは出来ない。そこに医師がいないことは大きな問題である。北海道の農村では医師に1人4000万円を出すところもある。村としては大きな支出で、首長の要件は医者を確保することとよく言われる。岩手県でも医師確保のアクションプランとして医師会、大学、行政が一体となり努力してきた。県立病院の院長は毎年県内の高校生を対象に医学部への勧誘講義を行っているがそれでも医師は充足しない。
 医師数の全国平均は平成14年で人口10万対206人、岩手県では174人である。この格差は年々大きくなる傾向がある。徳島県では275人、東京267人、埼玉県では人口が多いために相対的に122人と極端に少ない。都会ではあまり遠くない距離に入院できる病院があるため、都会での医師不足はかならずしも医療不足を意味しないが、医療密度が低い地方はそのまま医療不足に直結する。注意しなければならないのは、ここでいう医師数は医師免許を持っている人という意味で、家庭にいる女性医師や引退した高齢医師でも数に入れている。現場に働く臨床医に限ればこの数値は10万対195.8人である。厚生労働省は目先をごまかしている。
 面積1平方kmあたりの医師数を医師密度というが、一位は東京で岩手県の100倍になる。厚生労働省には医師密度という概念が無い。地域における医師不足と都会のそれでは大変に異なる。鳥取、島根県に60〜70万人の人口で、各一医科大学があり、四国には医科大学が4つある。四国と同じ広さの岩手は140万人に一大学しかない。医師の養成も岩手県では少ないといえる。
 女性医師の比率は増加しているが、働いている女性医師の全医師数に対する割合は15.6%に過ぎない、大学を卒業するときは40%近くもいるのに、働いている女性は少ないことを国は本気になって考えなければならない。女性医師を1人として数えているからには、一人として働ける環境を作るべきである。

◇ 医学部の定員削減規制で医師の地域偏在が加速している。
  1969年に医師の数を人口10万対150人にしようという政府決定があり一県一大学が実現した。1983年で150人が達成されると、今度はそれ以上増やしたら過剰になると言い出した。なぜ過剰だと困るかわからないが1986年に医学部定員を10%削減ということになり、そのままである。大学は定員を減らさないと国の予算がカットされるから、まじめに応じている。今年の7月28日に出された医師の需給に関する検討会の報告でも10%削減の方針はそのままで改定されない。大きな問題である。
 人口と入学定員を比較すると、関東地方には人口の多い割に国公立大学の医学部は少ない。だから関東の生徒は東北などに医学部を求める。全国の18歳の人口1万人あたりの進学者のうち、49.6人が医学部にいき、岩手県では31人しか行かない。競争が激しい関東から医学生が東北に来て卒業すると戻ってしまう。札幌医大は地域枠で20人取っているが、岩手医大では75%は県外出身で地元には定着しにくい。
 自治体病院協議会では、ずいぶん前に地域枠を作る要望書を書き、開設者の都道府県知事の会からも、総務省、厚生労働省、文部科学省に要望した。文科省は機会均等にかかわる人権侵害で不平等を裁判にされたら困るといって取り合わなかったが、今回地域枠が決まったことは進歩である。医師の養成には10年かかり、毎年10人で10年間追加しても役に立つまでに10年、これでは焼け石に水である。

◇ 地方の医療の実情
 日医ニュース2005年4月20日号の勤務医のページに載せた自分の一文が今回話したいすべてである。医師偏在は診療科にも地域にも存在し、医療法が出来て以来の課題だったがいまだに解決されていない。平等な医療を享受できるという国民皆保険制の理念からいえば、医師の偏在問題は近代医療国家日本が抱える暗闇である。医師会も含む都会の受療に困っていない医療行政担当者の認識が低いこともあって、地域の現状は都会では図りきれない絶望的課題となっている。地方医師たちは疲弊して何も考えたくないという。少ない医師が気力で何とか頑張っているという状態である。
 厚生労働省のへき地保健医療対策検討会に委員として出席しているが、離島の診療所の所長、大学教授、自治医大の学長、離れ島の首長、新聞記者などで構成されている。僻地はみんな困っており悲惨である。隠岐の島ではお産をやらなくなり家族も一緒に本土に行きアパートを借りる。嵐の日に離島からヘリが出ないし船も出ない。医師が赴任しても一年でいなくなる。また来てくれる医師でも使い物にならないこともあるのが現実である。国は今までへき地に診療所を作り、巡回車を配備すること勧め、最近ではヘリの予算を追加した。IT化で眼底写真を送れば大きな病院で診断できるというが、機械や設備ができても医者がいなければ何も出来ない。

◇ 医師数の将来推計はあてにならない
 医師の将来推計に40年後には現在の206人から350人になるというが、そのころには考えた人は生きていない。医療法は昭和23年にできたが医師数の配置基準はそのまま改定されていない。厚生労働省の統計にはまやかしがあると思ったほうが良い。医師需給に関する検討会は1984年から始まり今回までの検討会で、医師偏在の解消に努めることが望まれるとしているが、宣言だけで実際には何も行われなかった。

◇ 医師偏在が放置される理由
 誰の目にも明らかな医師偏在は改善されない。検討会では医師数に行政的な介入はしないで市場の競争原理にゆだねるべきであるという議論もでたが、医師を増加させれば供給が需要を作り出し、医療費の増加が国民の利益を損なうとされた。厚生労働省の政策はこの考えかたに基づいている。医師会サイドの考え方は医師数を増やせば1人で受け持つ患者数が少なくなるという経営上の理由があり、この点両者の思惑は一致する。このことが、偏在が解決しない理由であると私は日医ニュースに投稿した。本当に医師が多くなると医療費が多くなるのか、今の医療費は適正な配分がされているのか誰もまともな議論をしていない。

◇ 医師の過重労働を査察した厚生労働省の低い認識
 自治体病院に旧労働省側の厚生労働省から医師の労働基準を守るように査察が入った。全国自治体病院協議会常務理事会に厚生労働省の役人が来て、全員過重労働だから改善計画を出しなさい、でなければ労働基準法を適応してみんなの病院に規制をかけるという。この会議に出席した全国の院長たちは、基準法どおりにするのであれば夜は病院を閉めなければならず救急もできない。日本の医療は崩壊する。基準法のとおりにするには、医者を三倍に増やして三交替にしなければ出来ない。旧厚生省との間で十分相談したのかと抗議した。今のところ努力規定とされ問題は引きずったままである。
 県立中央病院では年間12億円の黒字を出したことがあったが胸が痛い出来事だった。これは全部医師の過重労働で生じた収益だった。つらかったことは公立病院の規定でこの収益を一人一人の医師に還元できない。反対に考えれば医師の労働時間を適正化すれば年間12億円くらい収益が減るから病院はつぶれるという意味でもある。
 昭和23年に定められた医療法上の医師数の算定基準が今の実情に合うのか、必要な医師数を算定する十分な調査もしていない。小児科医、産科医や女性医師の就労改善策などもお題目だけで手がつけられていない。結果として開業に走らせてしまう勤務医の燃え尽きがこのごろ顕著だ。政府は省庁を超えてドクターフィーの診療報酬評価をエビデンスとして出さなければならない。

◇ 今すぐにやらなければならないことは問題意識を持ち発言すること
 テレビや新聞はセンセーショナルな取り上げ方だけで不安をあおる。メディアとしての社会的使命を果たしているのか、医師だけ、行政だけを責めて良いのか、もっとも悪いのは国民の医療を守っているはずの日本医師の集団が、そのような問題に手を差し伸べる高邁で迅速な行動がないのではないか、官庁や医師会の勤務医部会でこのような発言をすると、この医者はきちがい医者だといわれる。私はきちがいでいいと思っている。というのは少しずつ状況が改善されてきていると思うからである。どこかで声なき声を上げないとみんな流されてしまう。

◇ 医師需給に関する検討会の結論は少し前進したがまだ不十分
 本年7月28日に医師需給に関する検討会の報告が出た。簡単に言うと矢崎座長のコメントは「各関係者はそれぞれ問題意識を持ち医師偏在の是正を期待する」という旧態と同じ様な文章で終っている。検討会は拘束力を持たず、具体策はほとんど出ないが、今回はそれでも当面の政策ということに初めて触れ、病院勤務医の労働環境の改善を言っている。少しは進歩したと思う。
 医師数の推論は医師免許証の数をもとにマクロとして計算している、診療科偏在に関して、検討することが望まれると実効にはまったく触れずに終っている。今後の対応の基本的な考え方として、7項目の課題が盛られているがこうしている間に医師はへとへとになりながら地方の医療を支えている。
 医師受給検討会の委員の中で激しい意見を言っているのは小山田さんだけだった。彼の意見に、はじめはすべての委員、特に女性の委員は同調したという。しかしやっているうちにだんだん雲行き変わった。日本医師会は医師過剰だからそんなに増やさないでよいという、大学病院は大学の立場しかとらない。日本病院会の山本さんは熱心だが、あらゆる病院の集まりの代表なので中途半端にしかなれない。中には東京で医者が確保できるのだから地方は努力が足りないのではないか、全国の知事さんや自治体は頑張りなさいということで、肩の力がカクッとぬけるような話になったようだ。進歩したのははじめて4省庁の大臣の確認書が出来て、県を指定して医師の定員を10人ずつ増やすのを認めたことである。しかし、医師削減10%はこのまま続けるという結論で、実効が現れるのは10年後だから医師不足の解決になっていないことに変わりは無い。

◇岩手県の医師不足下での努力
 岩手の医師不足に関する統計は、医師全体で言えば全国平均の84%、小児科、産婦人科、眼科、耳鼻科は80%にも達しない。県の中でも盛岡以外は県平均の7割に満たず、ひどいところは37%という悲惨な状態である。
 岩手県には27の県立病院があり、9つの中核病院がある。センター病院は県立中央病院である。中央病院が中心になり県立病院の間で医者を派遣しあっている。この相互支援は年間6800回を超え、中央病院から毎日約7人の医者が応援に出ている。専門医療のほかに、当直も一般診療も同時に支援する。専門医は専門性が生かされないと文句を言う。研修医には2ヶ月間地域の病院ローテーションが課せられている。大学では卒後教育が専門志向で一日でも早く専門医になるための研修を受けたいと思っており、評判は必ずしも良くない。それを承知で地域にいってもらっている。しかし地域研修を終えて出されたレポートを見ると、中央病院で行っている華々しい医療は異質の世界だ、小さい病院にはしっかり治せなかった人たちが戻ってきている。リハビリもあれば介護も末期も看取りも予防もある。人の一生にからみると急性期病院は人生の一時期に過ぎないことに気づいて帰ってくる。全部がそうではないが良い経験になると思いこのシステムを今でも行っている。
 私は研修医に地域医療もやりなさいと強く言ってきたからには、リタイア後は地域医療と決めていた。いま勤めている病院はほとんど田舎、渋民村という啄木が生まれたところ、50床の病院で老健施設もやっている。1人の医者として患者と向き合う貴重な時間を過ごしている。患者さんがとうもろこしや枝豆を持ってやってくる、彼らは人間として豊かな生活を送っている。
 私は僻地医療対策検討会で意見をラジカルに伝えるためにメモを出して主張してきた。医科大学の定員に地域枠を設けなさい、大学は医学部としてではなく産科学部、小児科学部として学科ごとに募集しなさいと主張している。理学部、工学部は今でも専門に分かれた募集をしている。医学部の学生には公的な金が、1人あたり国公立で7000万、私立で4000万かけられているという。金がかかるのであれば貸し付制度にして、一人前になってから返すように義務つけてもいいのではないか、究極すべての医師は3年間へき地勤務を義務とせよといってきた。

◇ 診療報酬の配分は本来の姿を反映していない
 診療報酬では都会で患者がいっぱいいるところに加算をつけている。東京では都会加算が付いているから同じ病気でも岩手とは点数が違う。設備費や物価や土地代が高いからという、地方は加算が無く患者も少ないから収入が無く、医師を確保するのに給与を高く払わなければならない、加算をつけるべきである。
 地域支援病院という認定があり、保険上の優遇規定がある。紹介率が高い医師会立病院に取り易い加算が付いている。医療に困っていない地域で、周りに医者がいっぱいいるところに加算をつけているのである。これらの病院では、病人をやり取りするたびに報酬を得ている。岩手県立中央病院のように医師を医療過疎地域に派遣している病院こそ地域支援病院ではないか、そこに加算をつけてもいいと思う。この件は今後検討するということになっているが、風化させてはならない。また岩手県立病院は開設者が知事で同じだから、他の県立病院から手術を目的に送ってきても加算にならない。穴だらけの制度である。今回の医療法改定の最終局面で医療施設開設者の条件として、臨床研修とは別に僻地派遣や産科や小児科の一定年限の義務を課すという案が厚生労働省から急に出された。しかし日本医師会の猛烈な反発で没になり継続審議になったが厚生労働省はやる気だ。

◇ 新臨床研修制度に自治体病院の役割は大きい。
 日医の勤務医委員会の報告書が2年毎に出ており、私は臨床制度について書かせてもらっている。多くの研修病院では、地域医療研修を適当に入れてお茶で濁しているが、今後は地域医療を大切にしなければならない。全国のマッチングに参加するのは平成16年で約8500人、956の施設だったが、マッチした数は自治体病院1336人に対して、日赤、済生会、厚生連、国立病院機構の合計は902人だった。全国の自治体病院は研修施設としての役割は大きい。
 研修医必修化の前は、研修医は所属大学での研修を選んだ。年を追うにつれて大学病院で研修を行う人は少なくなった。新制度スタート後の問題点は全国共通で、指導医の時間的身体的精神的な苦痛が増えたということだが、私たちの病院はみんなやる気があって約60名が指導医の研修会に出席した。新臨床研修制度は指導医の再教育制度である。全国の研修施設でのマッチ数が公表されており、岩手県立中央病院では大学病院を除き23位と善戦している。
 市中病院の研修医受け入れは大学と対立するものではない。そのあと専門医になるだけなら市中病院で資格が取れる。大学にはそれにプラスアルファが無いと戻らない。博士号をとり専門の道を究めたあとで最後のところは市中病院が就職の面倒を見るということでも良い。

◇ 本当の専門医は公的役割(パブリックミッション)を持つ人である。
 日本医師会の臨床研修後の医師の教育についてのプロジェクトに引っ張り出された。メンバーは大学の教授、国立医療センターの総長などである。卒前教育は文科省、臨床研修は厚生労働省と分かれるが、その後医師教育を生涯学習という観点から考えなければならないというのが基本的な考え方である。医師のプロとは何かが問われている。専門医とはパブリックミッションのある人のことをいう。公的役割がある人である。日本の専門医は単なるスキルドテクニシャンだ。医師としてきちんとした教養が無いといけない。専門医と専門家は別である。

◇ 医療費の配分は病院には少ない
 限られた医療資源というが、総国民医療費に関する統計から見ると、医療従事者数の73%は病院に勤めている。しかし病院は医療費の68%しか使っていない。この5%の差は一兆二千億円に相当する。これが適正かどうか、刺激的なことだから触れたがらないが、エビデンスは示されなければならない。医師の60%は病院に勤めている。看護師は85.7%、その他の従事者など病院の従事者は非常に多い。いつも診療報酬の見直しだけが話題になる。診療報酬は医師がやるのか、医師会がやるのか、また国がやる問題なのか、そういった不毛の議論の中で政策の立案が行われている。

◇ おわりに
 昔の医師会長が自分たちの集団を称して欲張り村の村長だといった。no pain no gainなのに、not pain but gainなのではないか。noblesse oblige―身分の高いものにはそれに伴う責務がある。誰もが休みたい今日のような土曜日の夜でも地域では医療を守っている人たちがいる。その人たちがいる限りnoblesse obligeを求めながら頑張って行きたい。

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