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◇ はじめに
医療提供体制の議論は、医療保険と介護保険、一般病院と療養型病院、特別養護老人ホーム、老人保健施設、在宅療養支援診療所など、複雑に絡み合ってたびたび変更を加えられ、急性期に働く私のような医師には複雑すぎてわからないほど込み入っている。厚生労働省の理論は、日本とアメリカとの間にあるシステム上の相違を根拠に組み立てられ、政策にも色濃く反映されている。しかし日本の病床数が異常に多く在院日数も異常に長いとするこの理論は、単純に病院=hospitalと言葉上で解釈した計算ミスに基づいており実情を反映していない。
急性期も慢性期も精神も含む日本の病院のデータと、超急性期だけのアメリカのhospitalのデータをそのまま比較したので、この議論は学術的にはまったく価値のないものであるが、厚生労働省はこの誤りを認めていない。このまま誤った事実分析に基づく政策が実行されれば、医療提供体制にも、病院経営にも重大な負の影響をきたす可能性がある。介護療養型病床廃止と居宅系介護施設への転換という政策の最終帰着点は、医療療養病床、さらには一般病床の議論にも同じ手法を導入するところにまで及ぶからである。
◇ 永生病院と理事長安藤先生の活動
医療法人社団永生会は、昭和36年個人病院21床開設以来、大きく発展を遂げ現在は667床で、内容は一般病棟146、回復期リハビリ100、精神病棟(痴呆)109、医療型療養型病床54、介護型療養型病床258の病院である。加えて介護老人保健施設、訪問看護ステーション、指定包括支援センター、居宅支援事業所、クリニック、地域リハビリテーション支援センター、などを運営し、また関連施設として十字会ケアステーション(訪問介護、福祉用具貸与・販売)、セントラル病院、介護専用型有料老人ホームなど、医療介護のすべての分野で事業を展開しておられる。
先生は病院経営において、質の高い慢性期医療と顧客満足と健全経営を目指し、慢性期医療にクリニカルインディケータを採用し、アウトカム評価をもとにTQMによる医療改善を実行されている。また顧客と職員の満足度調査を行い、医療の質の確保に努め、地域医療連携ネットワーク、八王子や東京都の脳血管障害に特化したネットワーク、認知症の療養施設など、幅が広くボリュームも多いご活動を通じて都市圏の地域医療における中心的な役割を担ってこられている。今回は病院経営の斬新な手法と、慢性期医療の質に関する高い見識に基づいた成果を講演していただいた上に、先生が驚いたと表現されるように、急激な政策の変化に動揺する慢性期医療の現場を解説していただいた。
◇ 療養型病床の混乱
療養型病床は医療保険を使う医療療養病床と、介護保険を使う介護療養病床に分かれる。当初療養病床は2000年に病院としての形態を保ちながら介護保険に移る予定だったが、介護保険の負担増を懸念して一部を医療療養病床として医療保険に残した。その後区別がぐちゃぐちゃに錯綜したまま、診療報酬は医療提供側に不利になるように誘導されてきた。
◇ 平成18年度医療法改定の内容と問題点
今度の改革は、医療費削減の対象が報酬の改定に止まらず、医療提供体制そのものを変えるところまで拡大されたことに特徴がある。内容は重症度の高い慢性期の病人を、医療保険を使う医療療養病床に集中させ、医療必要度の低い人は介護保険を使う介護療養病床に集中させて、猶予期間の後病院の指定を外し、老健や特養や有料老人ホームなど居宅系介護施設に転換する決定を急遽法制化したものであった。
その際に重傷者のみを収容する医療療養病床は、平成24年までに現行24万床を15万床に削減し、介護療養病床は軽症者を集めて現行13万床を23万床にした後、病院の指定を外し、常勤医師のいない居宅療養系にするというものである。
看護師とヘルパーのマンパワーの配置は、重症者を集中させる医療療養ではそれぞれ4:1にし、これを条件に診療報酬を決定するが、重症度の少ない介護保険適応の療養病床は、診療報酬を下げると同時に、医師の数と看護師数の規制を減らす方向で規制を緩和した後、ワンクッションおいて老健・特養などの施設に移し、このときには医師の配属に必要な報酬評価は軽減するという。
介護療養病床から転換型老健施設への枠は参酌標準で確保すると言われているが、医療保険に入っている医療療養病床はこの保証がなく、介護施設に移りたくても枠が無いと転換ができない。その場合は一般病床、あるいは回復期リハを取得するなど、最後には廃院になるという問題がある。
◇ 医療費削減の意図でゆがめられた医療区分
医療保険の診療報酬では、慢性期包括評価で入院基本料を決めているが、医療の必要度で3分類、ADLで3分類、痴呆の合併で加算があるという仕組みに変わった。区分1は軽症で医療の必要度が低く、区分2と3となるにつれて重症度が高く分類されている。この区分の決定には医療費削減の意図から、医療必要度が低い区分が50%以上になるように分類し、5000億円の目標削減額を確保するという手法がとられた。そのため医療区分1は老健より低い点数がつけられた。その結果区分1に残される人は、意識障害がある、経管栄養をしている、麻痺がある、嚥下障害があり食事が全介助である、などとなりこれらの人は症状が軽くても、見逃してしまうと問題が生じる状態にある。今後は老健と同じ体制に移行するが、老健の中には夜間看護師が1人もいないところが1〜2割ある現実からはきびしい状況なる。患者の視点で改定を行うのであれば、症状をスコア化しポイント制でケアの時間や処置を決め、区分を決めるような仕組みにするべきである。高齢者は病状の組み合わせで重症度が増すので、いくつも問題を抱えた高齢者の病状を反映するためには、根拠ある評価で区分が決まることが必要である。
◇ 決定に至るまでに行われた政治的プロセス
今回の決定には日本医師会や病院会の意見はほとんど反映されなかった。行政や政治家に陳情しても大方は決っているの一点張りで話にならず、政治家も官僚も医療団体も、最高トップの意志を理由に問題を正視した議論はしなかったようである。
◇ 診療報酬改定のシミュレーションは超大幅な減収
今度の改定で生じる療養病床入院料の変化を当てはめて予想すると、難病等の人を収容する医療療養型の特殊疾患療養病棟で23%減少、療養病棟入院基本料を算定する病院では34%の削減、仮定の話だが医療区分1が0%になるまで重症者を入れても2.5%は減収になる。看護師のイメージでは医療区分3と2だけの病棟は急性期病院より忙しくなってしまうという。
全日病の会員の50%が療養病床を持っている。都市部のケアミックス病院では外来赤字、急性期赤字、療養黒字で何とかバランスを取っていた。療養病床がなくなればすべてが赤字となり倒産になる。土地もないので増築もできず、減少せざるを得なくなり、物価も高いから老健や有料ホームへの転換がしにくい。既存の老健と病院の老健では設備の内容が異なる。転換型老健になれといっても既存の老健と競争することは難しい。
また老健施設にそのまま転換したとすると経常利益は68.7%マイナス、老人ホームにすると今は高級感のあることが求められるのでハードをいじることとなり赤字になるだろう。
◇ 老健施設と急性期病院との危険な関係
永生病院では新宿に老健施設を持っているが、新宿は急性期が多く大型の病院も多いので急性期に近い方がどんどん送られてくる。受け入れてもすぐに病状が悪化して急性期救急病院に搬送されてしまう人や、短期間ですぐに別の療養病床に転院する方も多い。療養型を転換型老健にするのは地域の提供体制にも大きな問題を生じる可能性がある。
◇ 療養病床の経営者の憂鬱
日本療養病床協会の会員は6割が今後の方向性がわからず検討中、28%の病院は医療療養に行こうとしていて、現状のまま重症の方を取って行きたいと考えており、老健やその他の施設に行きたいと考えている人は13%くらいである。医療療養の病院では、医療保険の療養病床に行きたいと思っている施設が55%、医師や看護師を集めて医療保険の一般病床にいきたいと考えている人が8%、検討中が35.5%ある。
療養型病床群開設には厚生労働省が施設基準を課した。そのための増改築や新築を行った施設ではまだ借入金が残っており、さらに老健に転換するにあたって入所定員の削減などで減収となり借金は雪達磨式に増えていくことになる。
◇ 療養病床今後の選択肢
医療保険にある療養病床の選択肢:看護師やスタッフを増員して、急性期病院との連携を強め重症者を収容することで、さらの一般病院に転換したり回復期リハを取ることもできる。重症はとりたくないという人は医療保険にいると報酬が極端に低くなるので、介護に移って転換型から老人介護施設に転換することになるが、これも介護に枠があればの話、枠が無くて移れないならば消えるしかないという問題がある。介護に行ければ在宅療養支援診療所を取って介護施設との組み合わせでやる手は残されている。
介護保険適応の療養病床の選択肢:経過型から介護施設へ転換するか、重症な人が多ければ看護師やスタッフを増やして医療療養病床に転換することであるが、医師および看護師の確保は容易ではない。介護療養のまま3年間頑張る手もあるが、国は点数をがんと下げてやっていけないようにするからうまく行くかどうかわからない。一般病床に転換して難病を受け入れる障害者施設になる手もあるが難病の人がそんなに多くいるとは思えない。いずれにしても療養型とはいえ特殊な医療サービスは長い経験の積み重ねが必要なので医療保険に戻る転換は安易なものではなさそうである。
◇ たった一つのアンケートで重大な政策が決定される
介護療養の廃止に関しては、一つのアンケートの結果から、入院者の半分は医者がいなくていい人たちであると結論し、介護療養病床を廃止に追い込んでしまった。介護保険部会でなく介護報酬給付費分科会で決められたことも手続きの上からは問題がある。
このアンケートは中医協が行ったが、同じような調査を医療経済機構が行っている。それによれば入院者の70%以上は、急変の可能性は低いが医療管理を必要とすると、逆の結論になっている。中医協のアンケートは、医師が常駐していていつでも何かあれば呼べるという状態にある病院で行われたものであり、医師が常駐しない介護施設になったときに、同じ調査をすれば別な結論になるだろう。アンケート調査はもともとは医療療養の診療報酬の改定のためのアンケートであったが、その結果を目的以外に使用したというルール違反があった。
◇ 療養型病院での慢性期医療の限界
ある医師会の幹部が脊髄小脳変性症で入院されたことがある。大変元気な方であったが次第に病状が悪化し、口もしゃべれなくなった。喀痰吸入のために人がいないと苦痛がとれない。最後はつらいから殺してくれといわれたのにはショックを受けた。慢性期の医療は限界もあるが、本気に考えればマンパワーも必要だしきちっとした体制が必要だと常々感じている。人生をかけて良い慢性期医療をやりたい、急性期病院が嫌がるような病状でも役立つのであれば慢性期病院にお呼びしたいと考えつつ、現実とのハザマで悩みが尽きないと先生はいわれる。
◇ 東京都病院協会の提出した意見書
東京都病院協会と東京と療養型病院研究会が平成17年3月に介護療養型医療施設廃止問題に関する意見書を出した。今度の改正では、介護療養病床を突然の廃止決定のほか、医療療養病床の医療区分1に相当する入院者に対して、社会的入院として診療報酬の大幅値下げを行った。医療区分1の診療報酬は老健施設の最低の段階よりも低い場合がある。高齢世帯がどんどん増えていく中で本当に療養病床というものを減らしていいのかということが問われている。
◇ 療養病床が担ってきた高齢者医療での役割
療養病床が担ってきた役割は、急性期からの受け入れであり、長期療養であり、リハであり、在宅ケアとの連携であり、終末期ケアなどである。医師看護師が常時配備され高齢化社会の効率的な医療介護を的確に担ってきたと思っている。
◇ 療養病床の新入院は急性期も含まれる。
医療区分の高い人を多く受け入れる病院は、地域の急性期病院から受け入れが主なものであるが、それ以外に医療区分一に相当する軽症の急性期入院のニーズが確実にある。高齢者が病気になると、重症でなくても自宅で生活するのは難しい。そういう人々を介護療養病床が受け入れてきたが、これら軽症の要入院者は社会的入院と称して、急性期からも追い出され介護力の無い在宅で過ごすことができるか心配である。
在宅以外にも、特別養護老人ホーム、老人保健施設から、病状が変われば転送されてくる。療養病床が果たしてきた初期医療機能が継続できなくなるから、これらの人々は、今度は一般病院に入院することになり無益な転院を繰り返すことになる。
◇ 老健転化で消える療養病床の終末期医療
介護療養型は終末期の医療の25%を担ってきたが、老健施設では2.2%に過ぎず、最後は単価の高い一般病院に転院するので結局は高くつくのではないかと思う。
高齢者と家族が希望する療養場所は、現在の介護療養型病院51.1%、在宅17.8%、特別養護老人ホーム8.5%で半数以上の人が介護療養型医療施設を希望している。そのうちの63.5%が死亡退院で、多くの高齢者とその家族は介護療養型医療施設を評価しそこで死を迎えることを希望している。今度は老健移行により終末期医療ケアの機能は失われる。
◇ 介護難民を防ぐために
今後の高齢化と急性期の平均在院日数短縮を考えれば、本来は、療養のベッド数がさらに必要となるはずであった。医療難民、介護難民を出してはいけない。医療介護難民を防ぐためには少なくとも、医療療養の病床の目標数を20万〜22万床にすべきである。また、早急に医療区分の見直しをすべきである。行政として、将来の明確なビジョンを打ち出し、補助金等の公的資金の無駄をなくし、医療提供者側も安心して医療の質の向上に励み国民も安心して暮らせる社会を構築する必要がある。今回の慢性期医療に関する国の考え方の方向性は分かるが、もう少しデータに基づいた分析が必要であり、エビデンスに基づいた対策を示した後の施策であるべきである。そうでなければ、国民に対して良質で、安全、安心な医療を提供することは難しい。大切なのは、未来のあるべき医療の姿を投影してみることではないであろうか。(完)
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