医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第35回「医の倫理と医療事故防止対策」 < 第31回 〜 > 第37回「ホロトロピックセンター構想」

講演会

●第36回医療制度研究会講演会感想文

『五木寛之先生 悲しみの効用』感想文


済生会宇都宮病院院長 中澤 堅次先生
  日常生と死の狭間で苦闘する医療現場では、死生観により多彩な対応を迫られることがあります。死の問題を医療費削減の視点だけで提示されることには抵抗があり、国民レベルで死生観を議論する必要を感じていました。五木寛之氏にお手紙を申し上げ、この問題について御講演をお願いしましたところ、望外な御厚意をいただくことが出来、今回の貴重な講演会が実現しました。

  お願いいたしました演題は「日本人の死生観」でしたが、先生よりいただいた題名は「悲しみの効用」でした。悲しみがテーマになった分、かえって幅の広い範囲で問題を取り上げていただくことが出来ました。以下は中澤がまとめた感想です。

五木氏は現代の日本を自殺大国と定義し、年間33,048人もの自殺者がいることは、年に4回大地震があったと同じ、6年から7年に一回広島に原爆を落とされることに匹敵し、2年間でベトナム戦争中に落命した米兵の総数をかるく上回る、日本人は心の戦争、見えない戦争の只中に生きており、日本人の命の軽さに大きな危機感をいだくといわれる。

  また戦後合理化の波の中で、私たちは悲しみという人間的で大切な感情の存在を否定し、明るさ・快適さだけに価値をおいて走り続けていることが、自殺者の増加に代表される乾燥した社会的風潮を作り出す一因であると考えられておられるようである。

  日常誰もが経験するこころが落ち込んだ状態は、心療内科医にいけばうつ状態とされ、風邪のくすりと同じ感覚で、抗うつ剤を投与することで治るというが、“心萎える日々”と氏が言われるこの状態は病気ではなく、この世には必ず存在するものであり、いかなる努力をしてもなくすことは出来ないもの、さらにこの感覚は喜怒哀楽というように、人間が生きていく上で大変に重要な意味を持つ感情で、治す必要のないもの、むしろその存在を受け入れ、ともに生きるという決意をすることによって、生きる力が与えられるものであるといわれる。

  弱いこころの存在を認めない社会では、臆病で傷つきやすい繊細な人は生きにくい。あるひとは心をプラスチックで覆いステンレスの厚い鎧をまとったようにして、こころが傷つかないように、多くの出来事に関心を持たず、人生の上っ面だけをなぞるように、不感症のようになって生きていこうとするが、このような生き方は破綻しやすい。

  その反対の生き方は、萎えた心の存在を認め、傷ついた心を抱きながら悶々として生きる、萎えたこころを抱きともに生きることを、自から進んで選んでいくことである。この生き方は人類が歴史の中で延々と大切にしてきた選択肢であり、今の日本にはなくなってしまったが、どこの国にでも存在し正しい生き方といわれる。

  中国や韓国、ブラジル、ロシアなどには、“心萎える”状態を言い表す言葉があり、それぞれ大切な感情の表現として尊ばれ、悪い感情を表す言葉ではない。例として中国語の“ゆう”、韓国語の恨、ブラジルのサウダージ、ロシアのトスカの説明をされた。中国語のゆうは、君子が芸術や風景に触れて感動するとき、喜びの背景になんともいえない悲しいような、切ないような感覚が一筆さっと刷いたように流れていることを言う。

  韓国には恨(はん)という言葉があり、朝鮮の長い歴史の中で天災や侵略など、たくさんの悲しい体験をし、血の涙を流し、痛みを感じたことが、大衆の中で精神的な遺伝子のように伝承されている。日本ではうらみと解釈されるが、恨はうらみとは異なる感情である。氏は知人の在日韓国人が母親に教えられたという話を紹介された。

  母は子に言う、「お前が大人になると不思議な経験をする。あるとき何の理由も原因もないのにふと心が翳って無力感を覚え、心萎えた状態に落ち込んでしまう。その状態では血のつながった人でも赤の他人のように感じ、職場の仲間や幼馴染も自分の敵のように感じてしまう。自分の持っている将来への希望も取るに足らないもののように感じ、自分の存在までもどうでもいいと感じる。このような状態にはじめて遭遇すると誰もが不安を覚え精神がおかしくなったようになる。向こう気の強い人間はこんなものはがんばって乗り越えろといい、気楽な人は楽しいことに気を紛らわしてやり過ごそうなどという。しかしこのような感情に落ち込んだ時には何をやっても無駄なんだ。これは恨というすべての人のこころに存在し、一生人は恨を抱えて生きて行き、恨は時々目をさまして訪れてくる。人は一生のうちに何度も恨を体験するもので、恨がやってきたときには、身をすくめて納得する、肩を落とし、背中を丸め、しゃがみこんで何度も何度も大きなため息をつく、するとほんの少し肩の重さが軽くなる。そのときに立ち上がって歩けばよい」と。

  紅白歌合戦のときにチョウヨンピルが歌った歌の題名は「恨500年」だった。恨にはそこから立ち上がって歩いていくという意味も含んでいる。背中にかかる恨の重みを少しでも軽くするためにため息をつく、これを“恨の息”という。五月の青空を“恨の晴れ”と書いてハンプリという。恨の状態で生きる中で心なえる状態を恨が来ているという。否定はしない治すこともしない。大きなため息をつきその中で自分が立ち上がってゆく契機を見つける、恨という言葉はそういうことを教えるとてもよい言葉だといわれる。

  ロシア語にはトスカということばがある。すべてのロシア人の心にはトスカがいるという。マクシム・ゴーリキーの小説トスカを二葉亭四迷が翻訳している。彼はトスカをふさぎの虫といった。人の心の中に身を潜めていて出てくるチャンスをうかがっている。それも人間が一生のうちに一番難しいピンチに陥ったときに出てやろうという凶悪なしろもので、心臓に牙を立てる。定年と同時にがんが見つかったとか、女性では更年期に重なるピンチに起きて牙を剥くが、彼らはそれを悪いものとは思っていない。トスカを抱えて生きるのが人間なんだ。トスカを感じながら生きるということを覚悟している、肯定しているところがいいと思う。

  ブラジルにはサウダージという言葉があり、切なさに近い生き生きしない感情をいうが、悪い感情とは異なり大切なものであると考えている。音楽ではサウダージはなくてはならない。このような味わいが流れてはじめて音楽という。ブラジルの音楽は生き生きとした活力の中に同時になんともいえない寂しさに満ちているといわれた。

  日本にもかつて“心なえる状態”を表す言葉はあった。大伴家持の歌にひばりが飛び鳴いている春の短歌の最後に、“こころかなしも”という文言がくる。春の野の光景がなぜかなしもなのかというと、氏は、人は失われていくものに愛を覚える。幾たびもおとずれる春もすぐに去っていく。やがては自分も同じように過ぎ去るもの、失われるものに愛が生まれ、いとしいと感じる。さびしいという感情とも同居している。それはゆうという感情につながっており高級な感情と思うといわれた。

  また平安時代からある言葉に“暗愁”というのがあり、日本人に珠のように大切にされてきたことを紹介された。特に維新から明治にかけては、いろいろな人々にこぞって使われ国民的なキーワードにまでになるほどだったという。しかしこの言葉は日清・日露戦争を経て、合理化の波の中で消えていった。氏の確認では永井荷風が最後に使い、敗戦と同時に死語となり完全に使われなくなったという。

  戦後は暗愁なき時代、マイナス志向はこころと体によくない、泣くこと悲しむこと、嘆くことは、新派的、義理人情的、封建的といわれるようになった。古い価値観を捨てて、日本は影のない明るいだけの世界を目指して走り続けてきた。現代の私たちは喜ぶことはよいことだ、泣くこと悲しむことは後ろ向きでよくないというのが一般的である。氏は泣くこと嘆くこと悲しむことで生きるエネルギーがふつふつと湧き上がってくる。なぜ人々はこの事実を認めないのかといわれる。

  淡谷のり子が戦線の兵士を慰問した時、決戦を明日に控え命を落とすかもしれない兵士のために、上官はこころが沸き立つような歌を歌ってくれと言ったが、別れのブルースを歌った。死に直面している多くの兵士のリクエストは悲しみの歌だった。

  氏はまた、生理学的な体の動きに触れられ、例として、NHKの番組での話をされた。二つの質問「一番うれしかった体験を思い出してください」と「一番悲しかったときのことを思い出してください」という指示を被験者に示して、そのときに生じるからだの生理学的な変化を測定し比較する実験が報道された。うれしかった体験で体の活性は高かったそうであるが、悲しかったことを思い出したときはもっと顕著な反応を示したという。そのあと同じNHKが、落語を聞かせて血液の検査や生態の検査がよくなることをしめし、悲しんだり落ち込んだり怒ったりすることはやめようというコメントになっていたのにはがっかりした。笑うこと喜ぶことプラス思考はよいこと、泣く事と悲しむことはマイナス思考でよくないことという考えは迷信であると私は常々考えているといわれる。

  氏は浄土真宗について学ばれているが、親鸞の言葉にも泣けという言葉があると、晩年に書かれた和讃の一つを紹介された。

    釈迦如来かくれましまして
    二千余年なりたまふ
    正像の二時はおはりにき
    如来の遺弟悲泣せよ
  世の中が末法であることをいったあとで“皆さん方よ、悲泣せよ”というくだりである。悲泣せよとは悲しんで泣けということである。

  自殺者が多いことについて、氏は人々がやわらかな心を失ったことが原因であると指摘される。親が子供を殺す、子が親を殺すという悲しいニュースを聞いて、アーと言って心が張り裂けそうな気持ちになっておののき、泣きたいような気になっていく、それは失われていく命を悲しみ、次世代に引き継がれる命をいとしく思うという本能的な感覚であるはずであるが、現代ではそれが失われてしまった。国中が効率を求め、笑い喜ぶこと、明るいことなど、好ましい虚像ばかりを追い求め続けているうちに、悲しむ、泣くという感情のうらにある、失われていく命をいとおしく感じる感覚までも捨ててしまったことを言われている。

  JR線に飛び込み自殺者が多くなったことによりこうむる迷惑を最小限にするために、JR職員が一人の自殺者を片付け終わるまでの時間を短縮するということに問題の解決を持っていった。また子供たちに“なぜ人を殺してはいけないのですか”と質問された教員が立ち往生し、対応するガイドラインを出してくれという。

  こういうときには絶句して答えられなくてよい、なに言っているのだバカといって頭を殴ってもよい。答えられない自分の情けなさに涙を流してもよい。対策を立てる必要はない。人間的な喜怒哀楽はすべて、笑うことも悲しむことも同じように大切なのだ。ちゃんと泣いた経験があり、泣くというみずみずしい心がなければだめだ。こころ萎えた心を抱えながら生きていく道はあるか、心萎えるという気持ちが人間らしい大事なことであることを納得することだ、といわれた。

  金沢では冬になると雪つりといって綱で植木のゆきよけを作る。氏は萎える心を金沢の雪にたとえて講演を終えられた。重い雪は綱に積もって、ある重さになると滑って落ちる。この雪つりは竹や柳のようにしなう枝を持つ植木に架けられることはなく、曲がらない枝、固くて太い枝に架けられる。しなう枝は雪がついて積もっていくと、どんどん曲がっていって屈してゆき萎えていく、やがてするっとこの雪をすべり落としてわっと元に戻ることを繰り返しながら春を待つのです。曲がるから折れずにすむのです。萎える心はしなえる心、しなえる心はしなやかな心と考えて、心の弱い人が折れたのではなく、曲がらない心が折れたのだ。強い心が折れたのだ。屈することを知らない心が折れたのだ。

  私たちは心萎える日々を送る、心萎えるがゆえに私たちは折れずに生きていける。そのように納得して、心萎える状態を人間的な状態としてとらえ、その中で生きてゆくことを考える。その方法が今の時代を生きてゆくひとつの回答といえるかもしれない。その方法はたくさんあり、またご一緒にこの問題を考えてゆくことがあると思うと講演を締めくくられた。
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