講演会
●第35回医療制度研究会講演会講演要旨
「医の倫理と医療事故防止対策」
虎の門病院泌尿器科 小松 秀樹先生
◇ 士気の崩壊と社会思想
イギリスの医療従事者の士気の崩壊について、近藤克典氏は以下のように記述している。
イギリスでは年度末になると病院が休院してしまう例もある。「今年度の予算が底をつきました。本日をもって休院いたします」という掲示が出る。予算制であるなどの事情もあるが、患者がいるのに休診してしまったり、緊急手術のために予定手術を4回も延期したり、エコー検査を2年間も待たせたりするなど、日本の医療従事者の感覚では理解できないほど士気は低下している。彼らにしてみれば「安い給料に見合わない長時間労働をしているのに、患者には殴られる。もうこれ以上は頑張れない」というところに達してしまったのであろう。
この状況に対し、2000年正月、ブレア政権はイギリスの医療を改善すべく、医療費の大幅拡大宣言をした。5年間で医療費を50%増額するというのである。
私は2000年以後のイギリスの予算の変化を知らない。医療サービスを向上させるためにどのような政策がとられたのか知らない。しかし、ブレア政権の医療に対する5年間の取り組みが失敗したことを示す文言が、ランセット(アメリカのニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンと並んでもっとも権威の高い臨床医学雑誌)の表紙を飾った。医療は2005年5月5日のイギリスで総選挙の大きな争点だった。2005年4月30日-5月6日号のランセット(365巻:1515)は、2005年5月5日のイギリスの総選挙で労働党、保守党、自由民主党のいずれもが、イギリスの医療の改善を阻害するたった一つの、そして、もっとも重要な要素、すなわち、「医師の士気の破滅的崩壊」に焦点をあてることに失敗したと表紙に書いた。
この記事については、出版直後に大井玄氏から連絡を受けた。大井氏はこの記事にからめて、讀賣新聞2005年11月14日朝刊に「医療サービス 消費者主義導入は不適」と題される文章を書き、現在の日本の医療の問題の核心は、医療サービスが限られた資源を平等に利用すべき「公共財」なのか、通常の物や、サービスのような市場が評価する普通の財なのかという点にあると指摘した。以下、ランセットの記事の内容を紹介し、大井氏の主張を私なりに解釈、補足する。
イギリスの総選挙では、いずれの政党も患者中心の医療を訴えていた。ランセット誌の社説は、医療をより効率的にするために、政治家が「患者中心の医療」を唱えることが戦略的失敗であると主張した。政治家は、健康を求める行動を消費者行動と同様のものと捉えて、患者には病院や医師を選択する権利があるという教義を繰り返し唱えた。ランセット誌は、こうした政治家の態度を批判し、健康を求める行動は消費者行動とは全く異なるとした。
正しい市場とは、競争原理が機能し、情報へのアクセスが平等でふんだんにあるという前提で、消費者が自らの意思で参加するゲームである。ところが、医学ではこのような前提は成立したことがない。医療はゲームではない。社会的善である。医療は競争をすべきものではない。医療は何より公平でなければならない。医療の情報をだれもが平等に得て、しかも、それを正しく読み取れるなどということは、かつてなかったし、未来永劫あり得ない。患者は消費者ではない。患者は純粋にただ単に患者なのである。
ランセット誌は、患者を消費者と見立てた「消費者中心の医療」という概念に問題があることを指摘した。そもそも医療を競争原理が働く市場とみるのならば、医師は経済主体として、みずからの経済的利益を最大にするために、利己的行動することが前提となる。ところが、イギリスの医師も日本の勤務医も、そのような競争原理で動くことを許されていないし、動こうとしていない。高度な知識と技量で、病者に寄与することに生き甲斐と誇りを感じるから、医療に携わっているのである。医療は社会が共有すべき大切な財産である。医療は、市場原理にしたがって利益をめざす産業ではない。平等に利用すべき社会の共通財と考えるべきである。医師が競争原理にしたがう経済主体ならば、イギリスの医師は海外に移住してしまい、日本の勤務医はすべて開業医になる。
ランセット誌は、「消費者中心の医療」がイギリスの医師の誇りを奪い、勤労意欲を削いでいると主張する。政治家が、2-30年も続く医療への攻撃の心理的影響を甘くみすぎていると主張する。政治家は、現在までの攻撃が医療従事者の仕事ぶりや責任感に影響せず、予算さえ増えれば、医療従事者が献身的に働くだろうと考えているが、これは、とんでもない大間違いだと主張する。
「消費者中心の医療」は、個々の患者が自分の利益を声高に無制限に主張することを正当化する。市場原理では、高度なサービスには需要が集中し値段が跳ね上がるので、自分の財政状況を考慮してほどほどの要求にとどめざるをえなくなる。ところが、イギリスでは、値段は決められており、医療サービスの総量が足りていない。個々の患者の気ままな要求にこたえられる余裕はない。「消費者中心の医療」という思想は、医療費に大きな制限があり、医療を公共財としている国では無理がある。ランセット誌の大胆な主張は、現在の日本では受け入れられにくい。その理由は、日本の医療が危険な状態になりつつあるものの、また、効率的に機能しているからである。ランセット誌の主張は、イギリス医療の長い苦難があって初めてでてくる議論なのであろう。一国の国民全体が泥沼だと感じることが長期間続けば、また、泥沼の原因が社会思想と密接に関係しているとすれば、社会思想自体、再検討されることになる。ランセットの記事はイギリスにおける社会思想の再検討の始まりかもしれない。
イギリスの状況は大井玄氏の倫理に関する考察を想起させる。大井氏は、倫理を以下のように捉えている。
倫理(道徳)には生存を続けるための「戦略的指針」という性格がその本質において認められます。つまり、個人のレベルでは、属する集団の構成要員としての生存の確率を最大化するような行動パターンとして、集団レベルでは、その集団の存続を可能にする戦略的指針として理解できます。(「環境問題をどう考えるか」サングラハ, 76, 2004年8月25日)
大井氏は「開放系」と「閉鎖系」では生存戦略が異なり、このため倫理も大きく異なるという。「『開放系』とは、資源が豊かで、広大なスペースがあり、異なる文化的背景をもつ人間との接触が多い『場』」を指す。具体的にはアメリカをイメージすればよい。「開放系では、あからさまな競争を通じた生存が可能で、敗者は移動の自由があり、ニューフロンティアに転進」すればよい。「自律、欲望追求と移住の自由を尊重し、個人の利己的欲望追求努力の総和がそのまま社会の利益であると理解」されている。
これに対し「閉鎖系」とは「空間が狭く、資源が少なく、移動が制限され、異文化的人間との交流が少ない場」である。具体的には江戸時代の日本をイメージすればよい。「閉鎖系では、狭く貧しい場で争いを避けるため『協調』が生存目的に適う。当然、自分の欲望を抑え、他者との間柄を配慮する倫理的方向性が強い。」江戸時代には、自我は縮小させるべきものであり、自分の可能性や欲望を追求することは善いことではなかった。分を知り、足るを知り、ヒトサマに迷惑をかけないことがなにより尊ばれた。
今や、地球全体を閉鎖系とみるべき状況となっている。閉鎖系倫理において、日本には誇るに足る先達を多数持つ。私は、医療の崩壊から社会思想の再検討まで迫られているイギリスで、我が愛する石田梅岩がアイドルになる日を妄想してしまう。
倫理談義はさておき、一旦、患者と医師の関係がこじれて、医師が絶望的になってしまうと、士気は簡単には回復しないことがよく分かる。
◇ 社会的共通資本の正しい姿:三分一湧水
山梨県の八ヶ岳南麓には多くの湧水がある。水量が多く、貴重な水資源として利用されてきた。そもそも、山梨県は水の豊富なところだが、ダムで水を蓄えることのなかった時代には、水路からの水の漏出も多く、山里の台地は水不足に悩まされてきた。常に一定の水が湧き出す泉は貴重だった。小渕沢町の大滝神社は湧水そのものである。貴重な湧水は神聖、かつ、共有すべきものであり、神社として崇められ、共有財産として大切にされてきたのは当然のことであろう。
これらの湧水のひとつ、三分一湧水は、一日あたり8500トンの清水が湧き出ている。これが個人の所有地にあった。しかも、下流の6か村がこの水を必要としていた。最近の世界的水ビジネス業者のように、地主はこれを個人の財産として自らの利益のために独占することが許されるのか。また、特定の地区の農民は他の地区の農民より、多くの水を獲得すべく努力することが正当化されるのか。
この地域の農民の解決策こそ閉鎖系社会の叡智を示すものである。湧水を、一辺4メートルほどの方形の石造りの池に、上流側の一辺の中央から水を流し込む。あとの三つの辺にはまったく同じサイズの水の出口が開けられている。ここから、同じ量の水が三方向に流され、それぞれの地区に水路で運ばれている。所有者は代々水元として地域の尊敬を集めてきた。毎年、6月1日に水元と下流の地区の代表が集まり、分水式が執り行われる。近年、第26代目の水元の当主がこの土地を自治体に寄付し、現在、公園になっている。
経済学者宇沢弘文氏は、社会的共通資本という概念をまとめ、そのあり方を考察した。「社会的共通資本」(岩波新書)のはしがきで、以下のようにこのことばを定義している。
社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。
社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会的共通資本の重要な構成要素である。
湧水は、社会的共通資本として、大切に扱われてきた。その恩恵は平等であらねばならない。水元は、所有者というより、別な所有者が出現して個人的欲望のために湧水を使用することがないようにするための、歯止めになっていたように思える。また、水元としての権威が平等の監視者として機能していた。26代にわたり水元が続いたということは、水元が社会的共通資本維持のために必要だったからに違いない。分水式は湧水が社会的共通資本であることの確認の儀式だった。
18世紀末には、水門を立てて三つに分水していた記録がある。水を分かち合うことについての合意はあったが、過去、水争いが絶えなかった。明治末期の「二の樋あらそい」は今に語り継がれている。あわや集団乱闘になる寸前に、大雨になり、流血の惨事になることなくおさまったという。対話は継続され、大正12年、現在の形の分水池が完成した。
社会的共通資本の恩恵を受けるには、作法が必要だと思う。共有財の維持に心配りが必要である。自己の欲望は適切に制禦しなければならない。他の利用者への配慮を怠ってはならない。奪い合ってはならないのである。
現在、医療機関のランキング本がはやっている。私はランキング本を好まない。出版社が自らの利益のために、個人の不安と欲望を刺激しているようにみえる。医療が社会的共通資本であることについての配慮に欠けている。ランキング本信奉者は、細かな治療成績まで発表せよという。統計にはさまざまなバイアスがかかる。例えば、人口10万人の市立病院と都心の大病院で、骨転移のある前立腺癌患者の生存期間を比較するのは馬鹿げている。都心の大病院の成績がよいに決まっている。それなりに元気でなければ、都心の病院までわざわざ受診できない。同じ骨転移のある前立腺癌患者でも、早期に死亡する可能性が高い重症患者は、近くの病院しか受診できない。ランキング本製作者のほとんどは文科系出身者であり、統計学のセンスを身につけていない。統計の不正確さ、危うさを理解していない。
ランキング本は、病院間、医師間の差を明らかにしようとする。ランキング本の狙いが100%の成功を収めたとすると、特定の病気の患者が、単一の病院の一人の医師に集中することになる。自分だけはよい医療を受けたいと願う患者が殺到し、互いにいがみ合い大混乱になる。これをどのように整理するのか。診療報酬の差、すなわち、お金でこれを解決するのが、市場原理による整理方法である。実際、手術について、医師によって診療報酬に差をつけようとする意見が患者側にも、外科医の一部にもある。公共へのサービスを主務としている病院で、差額負担した患者だけを手術する医師が活動することには問題がある。また、サービスの値段に差をつけるとすれば、その差額は個人負担にせざるをえず、需要が大きければすぐに大きな額になるだろう。金持ちは優れた手術を受けられるが、貧者は拙い手術で我慢せよということになる。貧者は自らが貧者であることをいやがおうでも思い知ることになる。社会に明確な階層を作ることになる。
具体例を挙げる。精巣腫瘍では、抗癌剤の治療後に腹部のリンパ節に転移巣が残存すると、手術で切除する。症例によってはこれで生命が救われる。ただし、極めて難しい手術である。アメリカで、ある高い技術を持った医師が、患者の医療保険では、自分の手術はカバーされないとして、この手術を断った。この患者は貧しい患者相手の病院に回されて、レジデントの手によって手術が行われた。私はこの手術を目撃した。危なっかしい手術だったが、なんとか無事終了した。アメリカではこれが正当なことなのである。貧しいのは本人に責任があることであり、お金によって買える医療サービスに差があるのは当然とされている。
医師のあるべき姿は、ヨーロッパやアメリカでしばしば議論されている。2002年、ヨーロッパとアメリカの医師が共同で「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム 医師憲章」を作成した。3項目の基本原則と、10項目の専門職としての責務が示されている。基本原則の第3項目が社会正義であり、医師は医療における不平等、差別をなくすべく積極的に活動しなければならないとされている。ところが、ヨーロッパのアメリカでは医療のあり方が大きく異なる。ヨーロッパでは医療は公共財であり、すべての患者は平等である。ところが、アメリカでは医療は産業であり、お金がないと医療サービスを購入することができない。
医療プロフェッショナリズムをどのように教育するかについて、インディアナ大学のトーマス・S・イヌイ教授の講演をきいたことがある。イヌイ教授は医療倫理、医学教育の専門家である。東大医学部のカリキュラムの作成にも関わっている。イヌイ教授は、アメリカで医療プロフェッショナリズムについて教育することの困難性を語った。私は、アメリカで目撃した貧しいが故に手術を断られた患者を例に挙げ、アメリカの医療制度そのものが、医療プロフェッショナリズムの対極にあり、そのアメリカで、講演されたような教育をすることは、偽善をすすめているようなものではないか、と厳しい意見を述べた。イヌイ教授は沈痛な面持ちで私の意見に同意された。
開放系社会たるアメリカでは、熾烈な競争を勝ち抜いた勝者がすべてを取る。かつて敗者はニューフロンティアに行けばよかった。いまやアメリカにもニューフロンティアはない。それどころか、地球全体が閉鎖系社会になった。アメリカにおける敗者の行き場はない。社会からは敗者とさげすまれ、限られた援助しか受けられず、敗者のまま惨じめに放置される。アメリカでは貧者と敗者がほぼ重なる。清貧という発想がほとんどない。多くの貧者は自らを敗者と考え、他者からも敗者とみられていると自覚している。彼らの最大の問題は、誇りが奪われていることである。彼らは、「足るを知る」という態度や質素倹約を美徳とは考えない。自分の欲望を保持したまま敗者=貧者にされている。このため、社会に絶望し、犯罪に走る若者が増える。彼らは社会に健常な構成員として組み込まれていない。2005年10月22日のNHKの報道によればアメリカ国民の138人に1人が刑務所に収監されているという。これは世界的にみて飛び抜けて高いという。不満のたぎる中、警察官の行き過ぎた行動をきっかけに、暴動が発生する。暴動は略奪を伴う。略奪行為を抑制する社会思想は彼らを支配していない。ハリケーンの被災地でも略奪が横行した。被災地を訪れる警察官は銃を貧しい被災者に突きつける。これが、わが国の経済界でもてはやされるグローバリズムの思想が生み出した世界なのである。阪神淡路大震災の被災地では、略奪は一切なく、互いに助け合う光景がいたるところに見られた。我々はこれを誇るべきである。私には、すばらしい倫理をはぐくんできた日本人が、無批判にグローバリズムを受け入れることは、ひどく愚かなことのように思える。
先に書いたように、アメリカの医療は不平等故にWHOから評価されていない。乳児死亡率は先進国といえないほど高い。しかし、乳児死亡率を引き上げているのは、アメリカの医療の欠陥だけによるのではない。私は、最大の原因は貧者から誇りを奪っていることにあると思っている。すさんだ生活と家庭の崩壊が乳児死亡率を上昇させているのではないか。
ロサンジェルスに滞在していたとき、市の中心部に近い、サウス・セントラルの光景が記憶に刻み込まれた。ロサンジェルスには緑豊かで光り輝くビバリーヒルズがある。ベルエアの豪華な邸宅は広大な敷地の奥にあり、外部からは目にすることすらできない。一方、この地域には、緑が乏しく、1988年当時、崩れかかった廃虚のような建物が目についた。昼間から多数の無表情な失業者が路上にたむろしていた。すべてがくすんで薄汚れており、風景に灰色のフィルターがかかっていた。ロサンジェルスの中心部は、犯罪が多発するため、建物には頑丈な鉄格子が備えられ、あらゆるところにガードマンがいた。
病院ランキング本には大きな問題がある。患者への医療についての情報提供そのものは重要なであり、もっと充実させるべきであるが、その内容、方法は熟慮を要する。患者の不安と個人的欲望を刺激するような方法では、医療全体の水準は向上しないし、多数の幸福につながらない。医療機関のランキング付けは、商品のカタログに近い。暗黙に医療が市場原理に委ねられていることを前提としている。アメリカでは意義を有するかもしれないが、わが国では混乱を招く。市場原理がいかに医療を蝕むかは、アメリカの医療を観察するとよく理解できる。ランキング本の最大の問題は、正面切っての議論なしに、医師個人のサービス料金の差を認め、医療に市場原理を持ち込むことを推進することである。
バブル経済の崩壊後、日本にアメリカの「グローバリズム」を持ち込もうとする動きが目につく。テレビ会社の買収に横やりをいれたある投資会社の社長が、ウィナー・テイクス・オール(勝者がすべてを取る)の世界にしなければならない、と部下らしい集団に訓示しているのをテレビでみたことがある。彼の論理が日本を覆い尽くすことがないことを望む。少なくとも、医療は三分一湧水と同様に維持管理が必要な脆弱な共有財であることを十分に認識する必要がある。利用するには、自己の欲望の制禦、他の利用者への配慮を怠ってはならない。
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