医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第32回 抗がん剤治療(化学療法)のリスク管理 < 第31回 〜 > 第34回 医療政策の将来予測の視点と方法

講演会

●第33回医療制度研究会講演会講演要旨

「日本の病院の看護配置はこれでよいのか」


聖路加看護大学学長  井部 俊子先生
  人口の高齢化、社会構造の変化、医療技術の進歩、受療者の意識変化などに伴う医療の変革期にあって、看護職からみた医療の環境は複雑さを増し、安全確保が困難になっている。高度な医療機器を効果的に使うには人を必要とする。看護師のマンパワーは、複雑化する医療の安全性の確保に重要な要素であるにもかかわらず対応は追いついていない。日本看護協会では看護師の窮状をマスコミに呼びかけるという意図で、プレス懇談会を行っている。また本日と同じタイトルのセミナーなども開催した。意に反してマスコミ関係者はほとんど来なかったが、医学ジャーナリスト協会のメーリングリストでこのことが紹介され、本日の会が実現した。医療制度研究会では院長・副院長が参加すると聞いたので、あまり知られていない看護の現状を、同じ職場に働く医療者にまず知ってもらうことに意義を感じている。
  プレスセンターでのセミナーは、聖マリアンナ医科大学看護部長陣田さんの講演「看護管理職の努力と怒り」ではじまったが、そのサマリーから本日の話を始め、看護職員の離職状況、世界と日本の看護の格差、病棟が危険な状態にあるという実態調査の報告、看護師の人員配置と業務にもたらす成果に関する文献をレヴューした報告まで話を進めたい。

<看護管理者の努力と怒り>
  陣田氏は看護管理者の努力と怒りと題して次のように述べている。
  ナースの確保は看護部長の最重要、最大の難問で、どこの看護部長も大変な労力を使っている。看護師確保が有利なところと難しいところの差がこのところはっきりしてきているが、どの職場も十分であるとの声は聞かない。厚生労働省の基準そのものが現場の実態を反映していないため看護師の職場はどこも人手不足である。年々増加する業務のため超過勤務が増加し、看護師の帰宅時間は果てしなく遅くなっている。陣田氏の経験では病院に働きかけて100人の増員を行ったが、それでも焼け石に水だったと感じるくらいである。またある病棟で患者さんの家族に「夜間の勤務帯で三人の患者さんがなくなったので」と話したところ、自分の身内のケアをいい加減にされたと怒って訴訟になったという話がある。地域格差はあるが、人々は疑心暗鬼でミスがあることを敏感に探し出そうとしている傾向が都会では増えている。
  行政の指導も現場にとって大きな負担となる。2006年までに電子カルテ導入を6割にという方針で、電子カルテの導入が盛んだが、まだ未開発の状態で導入されるので、病院ではプログラムの開発から作業が始まる。看護をわからないSEとの作業は、看護診断とは何か、からはじめなければならない。お互いにいらいらする。井部氏も聖路加病院での導入に際してある看護師長から「これでは私は死にそうです」といわれた経験がある。動き出せばスムースに稼動する気もするが、スタッフが臨床を抱えたままの導入で苦悩しているのが実態である。
  診療報酬上の誘導がかかる在院日数短縮も看護師の労働強化になる。医師にも同じことが起きている。在院日数を短縮して入院の回転が速くなれば人手はもっと必要になる。人の手当てをしないで号令ばかりというのでは病院管理者の認識にも問題があると思う。
  新人看護師は臨床上の要領がまだわからないうちに、こういった問題に突き当たる。純粋に取り組むから益々過労になり抱いた理想とのギャップに悩む。こうして新人が本当の看護がわからないうちに辞めていく。聖路加では学士編入で看護師になる人も多く、志を高く持って看護界に入ってきてもハードな環境でつぶされるという話を聞く。日本の病院は、看護管理者の努力と怒りの中で運営されている。

<看護職員の離職の状況と、教育担当者・リスクマネジャーの配置>

看護師の職場満足度は離職率が参考になる。また、教育担当者の配置とリスクマネジャーの配置は看護の質の確保に重要な要素である。日本看護協会2005年のプレスリリースはこの二つの問題を取り上げた調査結果を報道しているので紹介する。

<看護師の離職率>

  地域的にみると、東京・大阪の都市部は看護師の離職率が高く、地方の秋田、山形は低い。経営母体別に見て離職率が高いのは、学校法人14.7%、個人・医療法人14.2%、次が済生会で14.0%だった。平均在院日数の短い病院では離職率が高い。新卒者の離職率は9.3%で前の調査では8.8%だった。
  別な指標で“存続率”を見る場合もあり、これはサバイバルレイトといっている。2004年看護師全体の存続率は86.2%で、2002年の84.1%よりは上昇している。新卒者では90.7%だった。

<教育担当者・リスクマネジャーに専任を置けず中間指導者の負担は大きい>

  新卒者は、医師は毎年8000人、看護師は5万人である。教育担当者の配置は、臨床の質確保の面で重要な課題である。教育は安全管理とともに、看護部の中間管理者の重要な仕事のひとつであるが、人手不足から専任を置けず臨床と兼務になっている。教育担当看護師の専任がいると答えたのは3373施設の13.4%で、外来や病棟と兼任と答えたのは59.7%だった。リスクマネジャーの配置状況も、専任あり19.4%、兼務52.7%で、中には今後も配置予定がないという施設もある。これだけ複雑化した現場を担う看護師の教育訓練やリスク対策を兼務でこなすのはもうだめである。

<複雑で誤解を産む看護配置基準>

  看護師の配置基準は病院ごと、病棟ごと、病棟種別ごとの細かい基準で決められており、看護管理者にもわかりづらい。またいずれも「患者一人対看護師何人以上」と最低ラインを指定しているが、いつの間にかそれが標準になってしまう。もともと劣悪な配置基準が実際にはもっと劣悪になる理由である。

<日本の医療と世界との比較>

  社会保険旬報の8月号にあった濃沼論文の一部を紹介する。医療パフォーマンスシステム達成度で日本は一番であるが、1位から3位までの差は2ポイントしかない。10カ国先頭集団の中でこの差は意味がないという。自己評価ではアメリカは1位、日本は17位、病床数では日本は欧米の2〜3倍、職員数1/2〜1/3、在院日数は3〜5倍、外来の患者数は2〜3倍、診療時間は1/2〜1/3である。CTやMRIの台数では日本はどこの国よりも突出している。日本人はサービスではなく検査で補っている。一般企業の意識はポスト産業資本主義時代に入っているといい従業員を重視している。日本の医療は器械に頼りすぎる傾向にある。

<夜間のリスク対策に人を増やすのはなぜ認められないのか>

  この問題について2003年度厚生労働省科学研究「医療安全確保のための看護体制のあり方に関する調査研究」(主任研究員井部俊子)の結果から、夜間の病棟運営について述べる。
  入院患者へのケアの提供は“病院”ではなく“病棟”が単位である。このことが重要であることは後述する。規則では1病棟“60床以内”と定められているが、私は60床は多すぎで25床くらいが適当と思っている。病棟の大きさにこだわる理由は管理できる情報量に限度があるからで、患者、家族、医師の特性などすべてに精通することが出来るのはせいぜい25〜30床であると思っている。30以上になると先が見えなくなるというよりは全体がわからなくなるからである。

<病棟の看護師配置数は法律と診療報酬規則が規制している>

  医療法施行規則では、入院患者・外来患者の数に応じて病院全体で最低何人の看護師を配置するべきかを定めている。したがって病院全体の配置人数が規定を満たしていれば、各セクションにどのように配置するかは各医療機関にまかされている。
  医療法の標準数の算出は入院部門と外来部門の算出基準に基づいて決められる。入院部門の配置は、一般病床と感染症病床は患者数対看護職員数が3対1であり、同じく療養病床は6対1、精神病床と結核病床は4対1となっていて、外来部門では外来患者数30対看護師1である。
  一般病床では、看護職の配置基準によって、診療報酬上異なる入院基本料が決められている。規定の価格で報酬を得るためには、患者対看護師の比率、2対1や3対1などで表される配置基準を満たさなければならない。内容は病院の裁量に任され “手厚い病棟”と“手厚くない病棟”で看護職員の数を変える傾斜配置をとることが可能である。
  この患者対看護師の比率は、さらに重症なケアをする集中治療室や新生児集中治療室などでは異なったカウントが行われており、そこでは「常時2対1以上」というように「常時○○対○」と表現される看護職員配置が求められている。ちなみに集中治療室の配置基準“常時患者2対看護師1”は一般病室などと同じあらわし方をすると、“0.3対1”つまり“患者1対看護師3”となり紛らわしい。
  病院全体で決められる看護人員の定数や、病棟ごとに決められる配置基準は複雑で、定数に実態が反映されていない。看護師の配置が充実しない理由は、定数の決め方、表示の仕方に問題があるからだと思っている。

<夜間の勤務状況と業務内容が関係するリスク>

  関東近郊の急性期病棟で勤務した看護職全員を対象に2003年11月26〜27日の16時〜翌朝9時までの勤務状況と業務内容を調査し、以下のような結果を得た。
(1)   夜間勤務者の勤務時間は長く(平均約9.8時間)、休憩時間は少ない。(平均32、3分)、夜勤勤務で休憩時間なしと答えた施設が34.9%と最も多かったことは注目に値する。
(2) 夜勤時間帯に行われた看護業務の中で最も多かったのは、「定期・不定期の観察のための訪室」で18.8%、次いで「事務・記録・申し送り」が15.1%、「輸液の管理」「バイタルサイン測定」「栄養関連ケァ」は小計19.5%であった。
(3) 病棟師長の回答では、リスクを生じやすい時間帯は昼間より夜間と66.2%が回答し、夜勤体制について、三交代制(47.6%)のほうが2交代制(30%)より夜間のリスクが高いと感じている人が多かった。
(4) 夜間に起こりやすいインシデント(複数回答)については、「チューブ・カテーテル類」と答えた人が最も多く69.0%であった。次いで「転倒・転落」が64.8%、「与薬(注射・点滴)」が64.1%、「与薬内服・外用)」が32.4%であつた。
(5) 夜間、患者を守るうえで間題となる要因としては、「業務量に対して人員不足」が66.9%と最も多く、次いで「看護職員が疲労し注意力が低下してしまう」36.6%、「看護職員の精神的な負担が大きい」30.3%となっていた。

<リスク低減対策には薬剤師の夜間対応が人気>
  夜間の病棟において医療事故の発生リスクを低減させるために、以下の7つの対策について看護管理者の評価を尋ねた。数値は看護管理者の回答の比率。

看護管理者の回答 逓減される 逓減されない すでに導入 やらない理由
夜勤専従者の追加配置* 54.5%   8.8% 経営層の理解がない、経済的理由で人を増やせないなど
早出と遅出を増員 54.5% 9.7% 26.2%
非常勤職員の活用 39.3% 8.3% 11.0%
看護業務量による配置** 51.7% 4.8%  
薬剤師の24時間対応 56.6% 6.2% 33.6%
臨床工学士24時間体制 46.2% 13.1%  
物品配送24時間 46.2% 13.1%  
*: 診療報酬上、夜勤専従者は夜勤看護加算の人員要件にはカウントされないので加算が取りやすくなる。
**: 担当病棟をもたない看護師を業務量に応じて配置すること
  本調査で質問した7つの夜間リスク対策のうち、夜間のリスクが“低減される”と判断された割合の高いものは(1)薬剤師の24時間対応体制を構築する(56.6%〉、(2)夜勤専従者の遣加的な配置(増員)と、早出・遅出勤務者の増員(いずれも54.5%)、だった。これらの対策は経済的な要因、経営層もしくは上司の理解がない、対策の効果やメリットが不明確などの理由で看護管理者はこれらの夜間のリスク対策の導入には消極的である。

<人員配置に関する研究の文献的考察>
  看護師のマンパワー不足が理解されないのはエビデンスがないためといわれる。文献的に見ると人員配置と医療の成果に関する研究は、欧米では盛んであるが日本の論文は少ない。アメリカの例では看護師の人数が減ると安全や満足度の指標が減少することを多くの文献が示している。
  カリフォルニア州はこれらのエビデンスをもとに、米国で始めて看護師の病棟配置基準を法制化し、2004年から義務化がされた。基準は“常時入院者6に対して看護師1人”であり、それ以上は違法になる、休憩時間もかならず誰かがいることが必要になる。4:1にするという議論もあったがシュワルツネッカー知事が4:1案の署名を先送りしたと報じられている。病院管理者の反対が強かったために消極的になったといわれている。
  日本の病院の入院ケアのマンパワーは少ない。関連するほかの職種は夜間いないことが多い。特定機能病院でも臨床工学士が夜間いないところがある。その他緊急の物品供給がうまく行かないこともあり、看護師がほかの職種の任務も担う、ただでさえ少ない配置に加えてほかの職種の役割も加わり、日本の病棟における夜間の看護業務は、安全確保の面で問題があるということを強調する結果になっている。(完)

-----<主な質疑応答>-----
質問:看護師の問題は複雑でわかりにくい。業務の仕分けをうまく作ることが必要と思うがどうか。
回答:認識している人もいるが、多くは目の前の仕事に追われているので後回しになる。人の力が必要であるのにその確保がされない。制度の変革には時間がかかる。期待しているのは病院管理者の理解と決断である。サービスの質は彼女らが握っている。借金をしても病院管理者が対策をとるべきであると思う。

質問:カルフォルニアの基準にある「常時6:1」は日本の50床の病棟に換算するとどうなるのか?
回答:病床利用率を80%とすると患者数40人、各勤務帯に7人、7人×3シフトで一日出勤21人、21人×1.6≒34人で約1:1になる。
参考意見:アメリカの病床は超急性期と言ってよく、在院日数が短いから20数床である。日本の急性期病棟は50床くらいで亜急性期の病人が混ざっているから、単純に同じものとして比較すると、かけ離れた数字になる。病院とホスピタルは違うという感覚も必要。厚生労働省自体がこのことを誤解している。

質問:看護師を集めるのに苦心している。応募する看護師さんの意識はどのようになっているか?
回答:インターネットでみんなが事前に良く調べるようになった。人材派遣会社に登録していて、病院勤めをしない人も増えている。アメリカではパートタイムで働くナースも多く、看護師長は何人のナースが働いているからわからないといわれたことがある。


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