講演会
●第31回医療制度研究会講演会講演要旨
「坂出市立病院の病院改革」
坂出市立病院 院長 塩谷 泰一先生
塩谷先生は昨年まで坂出市立病院の院長を勤められ、その後、徳島県の要請で3つの県立病院を総括する県立病院統括管理担当理事に就任されました。坂出市立病院の名誉院長というお立場ですが、去年よりのお願いでしたので、今回は坂出市立病院時代の御経験からお話をいただきました。
<日本一の赤字病院からの出発>
院長として赴任した平成3年当時、坂出市立病院は25億円の不良債務を抱えていた。不良債務とは、手元に現金も何もないことだ。職員に給料を払う金がない。薬や医療材料を買う金がない。そのために、病院は運転資金として、地元の民間銀行から毎年25億円を借りつづけていた。不良債務比率は120%を超えていた。一般企業であれば、不良債務比率が20%を超えれば、「完璧な倒産」だ。約千ある全国の自治体病院のなかで、第2位の不良債務比率の病院でさえ20%を超えていなかったから、当院はダントツ、ワースト一位の赤字病院だった。
そして自治省からは、“病院廃止勧告”を受けた。日本一の赤字を抱え、しかも、「安かろう悪かろうの医療」の結果、住民からの信頼を失ってしまった病院など存続する必要はないという。院長になった初日に日本一の赤字を聞かされ、1週間たったら「潰しなさい!」。私にとって、青天の霹靂だった。
それが議会で蜂の巣を突っついた騒ぎになり、定期昇給ストップの議決がなされた。当然、それはマスコミの知るところとなり、病院の赤字問題が新聞やテレビでセンセーショナルに報道された。職員はやる気を失い、病院のどこを探しても、自治体病院の誇りや地方公務員の使命感など見出すことはできず、まったく荒廃していた。そういう惨たんたる状況のなかから、病院の再生が始まった。
・ 失敗の本質を見極めることがない病院はつぶれる
では、なぜ、ここまで落ちぶれてしまったのか。それは「失敗の本質」を見極める作業が全くなされていなかったからだ。
本来、自治体病院は、各種国家試験や地方公務員試験をパスした知識労働者としての医師や看護職員あるいは事務方から構成される「知的創造組織」である。そこでは、彼らが所有する知的財産を駆使し、診断・治療・看護・管理という「知的作業」を、ごく当たり前におこなっている。つまり、自治体病院にとって「知的作業」は何も特別ではなく、日常的なものだ。しかし、致命的なことに当院では、病院運営失敗の本質を見極め、それを教訓として生かすという「知的作業」がなされていなかった。「何が本質で何が本質でないのか、何が正しくて何が正しくないのか、何が美しくて何が美しくないのか」を考えることもなく、明確な判断がないまま、病院は運営されていたのである。
私はいつも職員に言っている、「失敗してもかまわない」と。大切なのは、失敗した後のことであり、「失敗を教訓にして、次にどう結びつけていくか」。そういう「知的作業」にこそ、我々の存在意義を見出すべきなのに、表面的で、皮相的で、その場しのぎの対応に終始していた。このような「知的作業」がなされなければ、日本一の赤字病院に落ちぶれるのは、当然の帰結だ。
病院赴任時に、私は全職員を対象に「私たちの病院をどう思いますか」と題して、意識調査を行った。二つの質問をした。「いままでの反省」と「今後どうしたらよいか」を問いかけた。つまり、「謙虚な反省と積極的な意見」を求めたのである。三交代勤務で私の考えを聞くことができないない職員のために、同じ内容の話を病院講堂で3回繰り返した。パートや委託の職員にも聞いてもらった。
しかし、調査の結果は、私の期待を裏切るものだった。お互いに責任のなすりあい。看護師は、「私たちはそれなりに頑張ってきた。悪いのは、医師だ!」。医師がカルテを書かないから看護計画を立てられない、医師がレントゲンフィルムを片付けない・・・などなど、医師の悪口ばかり。本質的でない議論ばかりだった。極めつけは、「市立病院に入院すると殺される!」という看護師の意見。この一言に、私はショックを受けた。坂出市立病院を「生きがい・働きがいを感じることのできる病院」にすることが、当面の目標になった。
・ 病院として欠けていた重要な5つのこと
病院運営を考える上で重要なことが5つある。しかし、当時の坂出市立病院では、全てが欠けていた。
第一には、病院に基本理念がないことであった。
自治体病院は、議会の議決、つまり住民の要請を受けて設置・運営されており、それに応え得る医療施策を遂行する責務がある。にもかかわらず、当院にはその存在意義を明確に定めた「基本理念」はなく、ただ漫然と運営されていた。「住民に対してどういう医療を提供するのか」という明確な医療施策がなければ、職員はどっちを向いて走ったらよいのかわからない。目指すべきものがなければ、組織活性化のエネルギーが湧き出てくるはずがない。
二番目の問題は、明確・具体的・達成可能な組織目標がなかったこと。
当時の首脳陣は、病院が巨額の赤字を抱えていることは知っていた。どうにかしなければならないことも分かっていた。しかし、やったことといえば、職員に「赤字だ!赤字だ!困った!困った!」と病院の窮状を直情的に訴え、「頑張れ!頑張れ!」と盲目的な努力を強いるだけ。何ら、明確で具体的で達成可能な、行動指針としての目標を提示することがなかった。
第三の原因は、品質管理システムの欠如。
私は、ある意味では病院は企業だと思っている。自治体病院といえども企業。その存在を規定している法律には、地方公営企業法と「企業」の名前がついている。
一般企業にとって、自社「製品」の生産・販売という一連の過程における品質管理は、社運を左右する重要な業務である。それを怠った雪印はつぶれ、三菱ふそうトラックも危ない。
病院でも同様に、医師や看護職員をはじめとして、各専門職種が知識と技術を発揮しながら、1日24時間1年365日、診断・治療・看護という「製品」を生み出している。つまり、手にとっては見えないが、医療も「製品」であり、それは企業が生み出している「製品」と全く同じものなのだ。しかし、当院にはセクショナリズムがはびこり、チームで作る「製品としての医療」の認識に欠け、患者にとっての価値創造は疎んじられていた。診療協力体制や夜間看護体制の見直し、勤務形態の再評価、会議の責任の所在、情報開示のあり方、医療過誤の問題など、病院運営に関わるあらゆる面での品質管理システムが整備されていなかった。そんなことで、「製品」としての良質な医療など提供できるはずがない。
四番目の問題は、医療と経営が完全に分離し、一体感がなかったこと。
医師や看護職員は医療や看護のことしか頭になく、経営や事務管理には無関心。特に医師たちは、「医学的に正しい医療」をおこなっていれば、何ら非難される筋合いはないと思っていた。医学的に正しい医療するのは当たり前のこと。しかし、人口6万人弱の小地方都市にある、しかも税が投入されている坂出市立病院にとって、「医学的に正しい医療」だけではダメ。地域や街の歴史や文化、患者さんの家族構成や生活背景を十二分に認識・理解した医療、つまり「社会的に正しい医療」をやらなければならない。
一方、事務方は医療現場の実状を知ろうとせず、顔は病院にではなく本庁に向けられていた。赤字であろうが、黒字であろうが、そんなことには無頓着。関心事は、予算書や決算書の歳入と歳出の末尾が1円たりとも違わず作成され、そして、それらが議会で承認されれば、自分たちの仕事は済んだと考えていた。つまり、医療職と事務職は相互理解に乏しく、組織は空中分解していたのである。
そして第五の問題は、先ほども述べた、責任転嫁の体質にあった。
・ 日常性への埋没が病院をつぶす
このように、旧態依然とした日常業務に何の疑問も抱かない、「日常性への埋没」こそが、病院低迷の元凶だった。10年、20年とつづけてきた仕事のやり方に何の疑問も抱かない。周囲の医療環境や住民のニーズ、医療に対する時代の要請が変わろうとも我関せず。どっぷりと安住の世界に浸っていた。労働組合は、権利をしっかりと主張する一方で、やって当たり前の義務を果たそうとしない。そういう「日常性への埋没」から脱却させるために、私がやったことは唯一、それまでの病院そのものの、あるいは、職員の価値観の“全面否定”であった。彼らの仕事ぶりを全面否定して、「もっと仕事のやりがいと生きがいを感じられ、患者や家族から喜ばれる、そういう医療の世界があるのだ!」ということを教えることから始まった。
では、なぜ、私が「日常性への埋没」を強調するのか。それは私の学生時代にさかのぼる。
先程ご紹介いただいたように、私は昭和47年の徳島大学の卒業である。ちょうどそのころ、東大の安田講堂の封鎖事件に象徴される大学紛争が四国の地方大学にも波及し、医学部は封鎖され、数ヶ月間休校になった。その当時私は、徳島大学全学部の硬式庭球部のキャプテンをやっており、封鎖をよいことに、毎日毎日テニスに明け暮れていた。ところが、ある晩、私の親しい友人、彼は全共闘の革マル派だったが、私の下宿にやってきて、「塩谷!我々は大学の自治を守るため、医局の講座制を変えるため、毎日毎日、努力しているのに、お前は何だ!テニスばかりやって。日常性に埋没しとる!!!」と言われたことが、いまだに私の耳にこびりついて離れない。
坂出市立病院に赴任して、病院そのもの、また、病院で働く職員を見て、まさにこの「日常性への埋没」を実感し、私が仕事をしていく上での原点となった。
<意識改革ではなく、意識の覚醒>
日常性に埋没した職員の心をどう変えるか、
それには「意識改革」が必要。経済不況の世の中になり、どこの病院でも、どこの企業でも、どこの行政でも、あらゆる組織体で、口を開けばすぐに「意識改革」。耳にタコができるぐらいの「意識改革」の大合唱。しかし、これほどまでに意識改革の重要性が指摘されながら、皆さん、それを十二分に成し遂げた組織体にお目にかかったことがあるか。ほとんどないはずだと思う。なぜか。
私に言わせれば、意識改革というのはあくまで、“意識がある人”に対してなされることが大前提。意識のない人にいくら、“意識を変えろ”と言っても、変わるわけがない。つまり、「意識改革」ではなくて、「意識を覚醒させること」が大事なのである。
それには、まず、『知っている』・『わかっている』をクリアすること。
「自分は何のために医師になったのか、何のために看護師になったのか、何のために地方公務員になったのか」。「自治体病院は何のために設置・運営されているのか」。「自分は何のためにそこに勤務しているのか」。そして、「それを実現する仕事とは何なのか」を理解してわかっていない人に、いくら、医療のあるべき姿・行政のあるべき姿を訴えても、それは「馬の耳に念仏」、「のれんに腕押し」。自分が何のために医師になり、地方公務員になったのかを知らないからである。
それは、誰でもが持っていた初心の問題。しかし、2年たち、3年たち、5年たち、10年たつと、日常の忙しさにかまけて、いつの間にか初心やミッションを忘れ去ってしまう。大切なことは、日常性に埋没して忘れ去っていたものを、もう一度原点に戻って思い出すこと。この根源的な問いかけなくして、意識が覚醒するはずがない。
つまり、『知っている』・『わかっている』がクリアできて初めて意識が覚醒し、意識改革がスタートするわけである。
意識が覚醒すれば、次の段階は『できる』。なんとか頑張って『できる』ようになること。
そのためには、あらゆることの見直し・やり直しが必要である。つまり、“リエンジニアリング”といえる。世間では、“リストラ!リストラ!”と叫ばれている。しかし、給料カットや人員削減など“ケチケチ作戦”を展開することによって組織の存続を図ろうとする“リストラ”は、本質的なものではない。“リストラ”の先には、住民と職員が夢と希望が持てる溌剌とした未来なんてなく、行き着くところは「絶望」しかない。
大切なことは、すべての事柄の根本から見直し・やり直し。それが“リエンジニアリング”だと思っている。病院そのものや地方自治体のあり方を、原点に帰って見つめ直すこと。時代はそれを求めている。つまり、『できる』とは、努力してやり直すことでもある。意識改革ができない組織の責任者は、この基本的なことを認識しておらず、すぐに『できる』を職員に求めているのだ。彼ら責任者こそが、意識を覚醒すべきである。
しかし、なんとか頑張って『できる』では、先頭に追いつくことはできても、トップを切って走ることはできない。マラソンでも同じ。先頭集団から10m、20m遅れても、またなんとか頑張って走れば、トップに追いつくことができるが、トップを切って独走することはできない。私は、“ぺんぺん草”が生えていた坂出市立病院を、坂出市で1番の、香川県で1番の、四国で1番の病院にしてやろうと思っているから、なんとか頑張って『できる』の “リエンジニアリング”では、ダメ。
ではどうするか。つまり、意識改革の最終ステップは、なんとか頑張って『できる』ではなく、『当たり前にできる』。
医師として、看護師として、医療職として、自治体病院として、地方公務員として、行政として、「やって当たり前のことを、当たり前にできる」。これは言葉にすると簡単だが、やるとなると大変。しかし、『当たり前にできる』ようになれば、旧態依然とした価値観というか、既成概念が根本から否定され、古い枠組みから脱却することができる。そして、新たなパラダイムが生まれ、自己革新としての“イノベーション”が実現する。つまり、坂出市立病院は、自己革新としての“イノベーション”を目指してきたのである。
<一週間に一度でいいから、仕事に心をこめてやってみよう>
皆さん方の組織や病院では、自らの“アイデンティティ”を確立できているか。かつての当院では、職員が「仕事に心を込める」ことはなく、「仕事で学んで感動する」こともなく、「仕事で自信をつける」ことなど皆無の状態だったから、病院は暗黒世界を形成していた。
そうではなく、1週間に1度でいいから「仕事に心を込めてやってみなさい」。1ヶ月に1度でいいから「仕事で学んで感動してみなさい」。私に言わせれば、感動なんて人から与えられるものではなく、学習して自ら獲得するもの。そして、少しでも「仕事で自信をつける」ことができれば、病院で働いてよかったという「生きがいを実感できる」ようになる。つまり、「生きがいを実感できる組織風土」こそを、坂出市立病院の“アイデンティティ”にしたかったのである。
当時の職員の意識は、良い医療機器がないから手術ができない。あの師長がこちらの言うことを聞いてくれないから・・・、あの上司が変わらないから・・・という低いレベルだった。職員に生きがいを感じさせる職場にするのは、確かに院長の仕事である。しかし、「生きがいを実感できる職場」作りを院長一人に押し付けるのではなく、みんなでやらなければならない。
<やりたくない仕事を、やりたい仕事に変えることの生きがい>
では、どのようにすれば、「生きがいを実感」できるのか。そのためには、3つの条件をクリアしなければならない。
第一の条件は、「やりたい仕事を、思う存分にすること」。逆に言えば、やりたい仕事が何かわからない、いわんや、やりたい仕事のない人が、生きがいをうんぬんする資格はない。
二番目にクリアすべき条件は、「やりたくない仕事でも、一生懸命にすること」。やりたくない仕事であっても、とにかく一生懸命に取り組み、他人から評価されるようになること。
「生きがいを実感する」ための最終条件は、「やりたくない仕事を、やりたい仕事に変換する力を身につけること」である。
上司から命令され、“やりたくない仕事だったが、嫌々やっているうちに、その仕事の面白みが分かって、やりたい仕事に変わった”という経験は、皆さん方にだってあるはずだ。私にしても同様に、日本一の赤字を抱えた病院の院長など、決して「やりたい仕事」ではなかった。事実、大学から坂出市立病院に赴任するときに、同僚や先輩は「お前、よりにもよって、なんであんなオンボロ病院に行くんだ!」と、私のことを哀れんでくれた。しかし、この14年の間、「全員参加の病院運営」をスローガンに、すべての職員と心を一つに努力を積み重ね、全国的に評価される病院になった現在、坂出市立病院での院長の仕事は、私にとって「やりたい仕事」になった。だから、私は今、「生きがいを実感」できている。
人を動かし、やる気を起こさせるにはどうするか。山本五十六は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かず」といった。この教えに沿って私はいろいろなことをやった。8時から外来をやり、外来のない日には玄関で患者の応対をする。救急車の中に乗り込んで患者を収容する。車椅子のタイヤに空気を入れる。汚れやすい月曜日のトイレの掃除を事務長と一緒にやる。率先垂範で、職員に院長の背中を見せつつ山本五十六の教えを実行し、できるようになった職員をほめてやったら、職員はまた元に戻って、何もしなくなってしまった。変だと思っていたら、阪神の野村元監督が「当たり前のことを当たり前にやる人が、プロ。そして、その大前提として、相手の気持ちをわかる心を持つことだ」といっていた。なるほどと思った。そういうことを教えながらモチベーション高めることを考えた。
<ミッションとパッションが人を動かす>
世の中は成果主義一色といってもいいくらいだ。しかし、いくら美味しそうなエサをぶらさげられても、食い飽きたら、人間も金魚も喰いつかなくなる。それは短期的には有効かもしれないが、長期的には続かない。また、エサをぶらさげられることによって、管理されていると感じてしまう。つまり、外因的なモチベーションしか刺激しない成果主義はダメだ。そうではなく、大切なのは、人間誰しも自らの心に内在しているモチベーション、つまり内因的なモチベーションをどう刺激するかだ。それは、使命感と情熱、創造的仕事への挑戦と達成感。ミッション・パッション・アクション。チャレンジ・チェインジ・クリエーション。それらは長期的に持続可能だ。人間は、自分の利益にならなくても、他人のために働くことが必ずある。坂出市立病院では14年間、内因的なモチベーションを刺激し続けて、ファイン・チームワークという組織風土を醸成することができた。
<医療は建物ではなく、心だ>
病院運営は、院長のパーソナリティが反映されると、私は思っている。
「ボロは着てても、心は錦」、「ないものねだりはしない」、「やる気・根性・クソ度胸」、「走りながら考える」が私のスタンス。「医療は建物でするのではない、心だ。赤字病院の貧乏人は、ないものねだりはしない。金はないけど、知恵はある。行動する前に、ああだこうだと考えるのではなく、とにかくやる。やって問題が起きたら、その時一生懸命に考えたらよい」という組織文化を確立した。病院というところは、職員の力以上には決して強くなれない。力以上のことをやってつぶれた病院は数多い。病院が強くなるためには、職員一人ひとりの力を強くするしかない。それが院長の仕事だと思う。
<何のための管理か>
組織を引っ張る原動力は、管理職。しかし、管理職の方はそれぞれの部署で、何のために管理をしているのか。私は言葉の定義〜デフィニションを大切にしたいと思っているが、「管理の定義」である。
私の考える管理の目的は2つ。
一つは、「組織目標の達成」のためである。言い換えれば、病院理念の実現のために管理があるのだ。このことを認識していない、つまり、組織目標がない部門の管理職がする管理は、歪なものになる危険性がある。事務局長や看護部長にしても同様。目標や理念のない事務局や看護部でなされる管理からは、一体感など醸成されるはずがない。「組織目標なくして、管理なし」だと思う。
いま一つの管理の目的は、働く職員に、「仕事のやりがい、生きがいを実感」させること。この2つのために、私は院長をやってきた。
しかし、管理は非常に難しい。皆さん方も実感されているだろう。
既に百年前に、夏目漱石が管理の難しさを、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに『病院』は住みにくい」と「草枕」の冒頭で指摘している。しかし、病院運営に際して、どうしても「智に働かなければならない、情に棹ささなければならない、意地を通さなければならない」局面がある。つまり、管理職に求められているのは、「智に働いても角が立たない、情に棹さしても流されない管理」であるといえる。
<誰もが見て美しいと感じる塔を建てる>
まずは、「知性の管理」が必要になってくる。それには、「塔を建てて、それにつながる道を創る」ことだ。
塔は誰が見ても、「美しく、大きく、はっきり」と見え、「そこに行きたい」と思うものでなければならない。道は、1本より2本、2本より3本のほうがよい。道は、真っ直ぐより曲がりくねった道がよい。曲がりくねった道を歩いて行くことによって、医療人として人間として成長する。そのような「塔を建て、道を創る」ことが「知性の管理」であり、院長としての責務なのだ。
さらには、塔を目指して自分の足で道を歩いて行こうという「やる気」を職員におこさせる、「感性の管理」が必要。そして、これらを調和させることで、組織としての一体感を醸成する。“ファイン・チームワーク”である。我々のこれまで14年間の仕事を一言で表現すれば、「塔を建てて、道を創る」ことであり、その道を全職員が心を一つにして歩いてきたのであり、それ以外の何ものでもない。
<全員参加の病院健全経営推進8部会>
「道」の一つとして、病院健全経営推進部会を作った。この部会活動がなければ、病院の再生はなかったと思うぐらいの、強力なインパクトをもっていた。
どの病院にも、“セクショナリズム”が存在している。なぜか。それは、自分たちの専門性で議論し、対立するからだ。人間だから、自分たちの専門性は譲れない。そこに溝ができる。“セクショナリズム”で迷惑するのは、患者であり、住民である。
では、院長として、“セクショナリズムの壁”をいかに解消していくのか。
そこで、職種横断的な組織としての部会を作った。患者サービス・広報・職場環境改善・給食改善・教育研修・医事業務改善・業務改善・経営改善の8つの部会。いわゆるQC活動だ。正規の職員はもちろんのこと、臨時も嘱託も派遣職員も、すべての職員がいずれかの部会に属す。そして、病院運営に関するありとあらゆることを考え、行動する。専門性以外での活動は、それまで抱いていた、人に対するイメージを一変させる。「怖い意固地な先生だと思っていたのに、こんなに良い面があったのか」と見直す。
掃除の方の意見であっても、病院の理念との整合性があるものはすぐ取り上げて、実行に移した。この職種横断的な活動は、「意識を覚醒」させるうえでの大きな力になった。
<派遣職員への気遣いと心の共鳴現象>
では、このような部会活動に、職員がどれほどの頻度で参加しているのかを調査してみた。昨年度1年間で調べてみると、医師は一人当たり計28回参加している。看護師もコメディカルも事務方もほぼ同様の参加数だ。
私がもっとも重要視しているのは、委託業者の派遣職員のそれで、実に、3ヶ月で8回も参加してくれている。この数字に大きな意味がある。今、行政は、「官から民へ」、「民にできるものは、民に任せよう」、そういうアウトソーシングの時代。しかし、アウトソーシングは「安い労働力」としではなく、「より専門的なことは、専門家に」、「より専門的なことを、より効果的に」という視点からなされるべきだ。
いずれにしても、アウトソーシングは、自治体病院にとって避けて通れない流れとなっており、当院でも、医療事務、守衛業務、清掃洗濯業務、駐車場管理など、多くの派遣社員が、正規職員と混在した形で働いている。ところが、委託職員たちの給与は、正規職員のそれと比べて確実に少ないはずだ。年2回のボーナスにしても、地方公務員がもらえるような何ヶ月分ものお金を、もらえるはずがない。「正規職員と同じような仕事をしているのに!」と、心の底では思うはずだ。委託職員にはそういう気持ちが絶対にある。その心のギャップを埋めてやり、病院組織としての一体感をいかに醸成していくかが、アウトソーシング時代の自治体病院の院長の責任だと思う。
そのような観点からすると、派遣職員がこのような活動に3ヶ月に8回も参加してくれているという事実は、病院組織に一体感が生れてきた証明であるといえる。こうした活動は、すべてお昼休みや勤務終了後の時間外になされており、しかも、時間外手当は支給していないから、なおさらのことだ。このように、帰属先は違えども、正規職員も派遣職員も坂出市立病院で働く仲間としてベクトルを合わせ、“心の共鳴現象”をおこすことができた。
<安全・安心・納得の医療とともに、厳しい倫理観が問われている>
医療制度改革の嵐のなか、住民からは「安全・安心・納得」の医療とともに厳しい倫理観を求められている時代にあって、さあこれから、病院はどこへ行こうとしているのか。それ以前の問題として、今現在、どこにいるのか。それすら認識できていない職員は、「意識不明の重体患者」であると言わざるをえない。
自治体病院には、たくさんの「ヒト・カネ・モノ」が投入されている。60%を超えようかという人件費比率、年間7,000億円もの繰入金、高額の医療機器とホテルのようなと比喩される豪華な病院建設。これだけ多くの「ヒト・カネ・モノ」をつぎ込みながら、自分の病院が「今どこにいて、これからどこに行こうとするのか」を認識していなければ、住民の期待に応えることができるはずはなく、“自治体病丸”が医療制度改革という嵐の海で、沈没するのは目に見えている。
では、どの灯りを頼りに、何を拠りどころに、医療のユートピアを目指していったらよいのか。
<時代の要請にいかに応えるか>
それは“時代の要請”を認識することだと思う。
時代が、患者が、住民が何を求めているのか。それは、「医療の質」と「医療の透明性」、そして「医療の効率性」だ。これらは、病院やそこで働く職員に意識の覚醒と行動の変革を迫っている。自治体病院とて例外ではなく、旧態依然とした日常性に埋没していては、患者や住民の期待に応えることはできない。
これらのことを頭の片隅に置くのと置かないのでは、同じ仕事をしても、生ずる結果には大きな差が出てくる。しかも、それを職員個人の努力や意識に依存するのではなく、病院がシステムを作り、職員がそれに則って仕事をしていれば、何気なくしている日々の業務そのものが、実は“時代の要請”に応える仕事になっているということを、病院管理者がどう作り出していくか。“時代の要請”に対する無関心が当院を低迷させ、結果として、地域社会全体の医療水準の低下と沈滞を引き起こしたのは明らかだからだ。
<高品質と低コストが医療にも要求されている>
ついに、病院の世界も産業界の影響を受けるようになってきた。「高品質と低コスト」という相反する命題である。トヨタは改善運動によりこの難題を解決し、今年度1兆円の利益を出した。病院として、「高品質と低コスト」をどう両立させるか。
限りある医療資源を、効率的かつ適正に活用することが求められている。
しかし、ゆとりある良質な医療を実践するためには、「ムダ」が必要だ。つまり、効率性とは、それまでを省くことではなく、投入された資源と労力が効果的なことである。「節約!節約!」と呪文のように唱えたり、手当の削減や賃金カットなどの“ケチケチ作戦”は、組織を活性化させるはずはなく、全体のモラルの低下を招く。一方、省いて当然の「ムダ」が病院のいたるところに溢れていることもまた、疑いのない事実だ。つまり、省いてはならない「ムダ」と、省かなければならない「ムダ」とを明確に区別し、医療の効率性を追及していくべきだ。
それには、病院情報システムを活用するしか方法はない。
<1億円で構築できた電子カルテシステム>
我々は1億円で院内の電子カルテシステムを構築することができた。30億円、40億円などと巨額のお金をかけてそれを導入し、誇らしげにしている病院があるが、それだけの金をかければ誰でも出来る。しかし、その導入費用や維持費用は誰が払うのか。当院は金がない。しかし、金なければ、なければ頭を使うことだ。市販の家電店に安売りの端末が出れば、職員に並んで買わせた。LANも職員が張った。ソフトはベンチャー企業と提携し、開発した。その企業は、「坂出市立病院」という名前を数億円で買ってくれたことになる。そして、「奇跡的な再建を遂げたあの坂出市立病院が、ベンチャー企業製品はほとんど相手にしない頭の堅い自治体病院である坂出市立病院が使ったシステム」を売り物にして販売を拡大し、現在では、電子カルテシステムシェアトップ3に入っている。
ここで認識しておかなければならないことは、「電子カルテは手段であって、目的ではない」ということだ。つまり、電子カルテを使って何をするのかが問題だ。
・ 私のカルテ
当院では平成11年の4月から、患者用カルテである「私のカルテ」を発行し、「医療の透明性」の確保に努めている。
医師だけではなく、看護職員を含めた全ての職種が、診療記録そのものを電子カルテからプリントアウトして、説明をつけて患者さんに渡している。カルテは、英語ではなく「日本語」で書くことが原則。患者さんは病院では多少とも緊張している。医師から説明を受けて分かったつもりでも、三分の一も理解していない。家に帰ると、何を言われたのかほとんど分からない。ところが「私のカルテ」を家で読みなおせば、「なるほど、そうだったのか」と納得する。診療所を受診する際にも、「私のカルテ」を持っていってもらっている。セカンドオピニオンにも有効である。現在までに、「私のカルテ」は約2,300人の患者に無料で渡している。坂出市の人口は約5万8,000人だから、25人に一人の市民が「私のカルテ」を持っていることになる。私の夢は、これを坂出市民全員に発行すること。こういうことこそ、自治体病院が先頭に立ってやっていくべきだ。
・ 医師の外来診療監視システム
医師は自分の日常診察の態度や形態を物理的に見ることができない。そのため、診察での言動がおかしくても気づかないまま、自己流でやっている。そこで、医師の診察のやり方を見直してもらうために、診察室にビデオカメラを設置して、医師の診察風景を撮影することにした。そして、多職種で構成する診察態度監査チームを編成し、録画されたビデオ映像を閲覧しながら、正しい診察が出来ているかを10項目にわたってチェックしている。また、電子カルテでは、「医師がPCの方ばかり見て、患者の顔を見ない」が、しきりに強調されている。それを検証する目的で、ストップウォッチを使用して、医師がPCを見ている時間、患者に向いている時間、医師が話している時間、患者が話している時間も測ってみた。その結果、医師は患者の話をじっくりと聴いたり、目をしっかりと見ていないことなどが明らかになった。また、医師がPCを見ている時間は約3分間で、一般的に言われているほど長くはないこともわかった。紙カルテ時代との比較はないが、紙カルテでもカルテへの記入に3分は使っていると思う。
・ 感染症サーベイランスソフトの自前開発
ICT(感染管理チーム)は、感染症サーベイランスを自前でIT化し、電子カルテに組み込んでいる。その結果、院内で発生している感染症の状況把握が容易になり、科学的根拠に基づいて抗菌剤が使用されていないことが明らかとなった。そこで、ICTは第4世代セフェム系、カルバペネム系、ニューキノロン系、抗MRSA剤の抗菌剤を電子カルテ上で届出制とし、使用規制をかけた。その結果、規制抗菌剤の使用量は半分以下に減少し、抗菌剤全体の使用量も約25%減少した。薬価差益のことを考えれば、病院の利益は減る。しかし、病院としては正しい医療を「早く、安く、わかりやすく、そして親切にやろう」を診療の基本にしており、利益が減少してもそれは問題ではない。
・ NSTソフトの自前開発とCOPD食の導入
NST(栄養サポートチーム)も電子カルテを活用して成果を挙げている。いくつかの指標数値を入力すれば、患者さんの必要熱量・摂取熱量・不足熱量を瞬時に計算できるソフトをNSTが自前で開発し、電子カルテに組み込んでいる。その結果、COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者では、摂取熱量が少なく、かつ熱量を炭水化物に依存しすぎていることが明らかとなった。そこで、それらを是正するためにCOPD食を導入した。これは特別食ではあるが、診療報酬では特別食加算としての保険点数はつかないし、手間もかかる。しかし、自治体病院である当院はあえてそのような医療をやっていこうと思う。厚生労働省の医療施策の後追いばかりでは、ろくなことは無い。厚生労働省の「2階に人を上げて、ハシゴをはずす」ような経済誘導に幻惑されてはダメだ。つまり、厚生労働省の後追いではなく、厚生労働省が後追いをするような医療をしなければならないのだ。きっとそのうちに、COPD食も「私のカルテ」も保険点数が付くと確信している。
・ 情報の共有ではなく、知識の共有
病院医療情報のIT化は時代の趨勢ではあるが、「IT=情報の共有化」と短絡的に唱えられすぎている感がする。私は「「IT=情報の共有化」ではないと思う。坂出市立病院でのIT化10年の経験からしても、すべての職員は決して情報を共有しようとしない。IT情報というのは、自らでアクセスし、見にいかなければ入手できない。
大切なのは、「情報の共有化」ではなくて、「情報を知識に変えること」だ。それぞれの病院や各部門にカスタマイズした形の知識に変えて、それを共有することだと思う。さらになすべきことは、「知識を知恵に変え」、「知恵を働かして行動に移すこと」である。つまり、IT化の究極的な目的は、“ITを使って何をなすか”という、「行動」だ。病院職員がいくら情報や知識を共有しても、あるいは知恵を働かせても、行動に移さなければそれらは何の役にも立たないということだ。つまり、「理解すること」と「行動すること」は、まったく別次元の問題である。
そして、病院や行政の知能指数を高めていくこと。それも、頭の知能指数としてのIQではなく、今、医療に心が求められていることを考えれば、心の知能指数としてEQを高めること。そうすることによって初めて、Intelligent Hospitalになれるのだ。
・ 電子カルテの経済効果
電子カルテ導入の経済効果を検証している病院はほとんどない。そこで、当院では経済効果の一つの指標として、全職員の1年間の時間外勤務時間を調べてみた。電子化する前年のそれは2万5,000時間であったが、電子化することによって、年平均4,700時間の減少。お金に換算すれば年間1,400万円の削減がもたらされた。これは病院が“ケチケチ作戦”を展開したわけではなく、システムとして電子カルテを導入し、職員がそれを効果的に活用し仕事をして得られた結果である。病院医療情報をIT化して10年になるが、この間の削減金額は軽く1億円を超えており、電子カルテの導入費用を償却してしまったことになる。
<医療はサッカーだ!>
私はワールドカップサッカーを見てから、職員に「医療はサッカーだ!」と言い出した。野球ではなく、サッカー。
サッカー選手は、それぞれ専門性を持っている。FWの専門性はシュート、DFの専門性はディフェンス、GKの専門性はゴールを死守すること。しかし、自分のチームがピンチに陥ったときに、「僕の仕事はシュートをすることで、ディフェンスじゃない」と言って、ディフェンスに回らないFWはいない。DFにしても、目の前にチャンスボールが来たときに、「僕の仕事はディフェンスであって、シュートをすることじゃない」と言って、シュートを放たないDFはいないはずだ。つまり、彼らは自らの専門性を発揮するのは当然のこと、「スペースを埋める仕事」をしている。何のためにそれをやっているのか。「チームの勝利」のためだ。
それと同じように、病院でも地域社会でも、それぞれ専門性をもった職種や組織体がある。そしてそこには埋めなければならないスペースがたくさんある。それぞれが専門性をしっかりと発揮するのは当然だが、病院にはだれかがカバーしなければならない境界領域の大切な仕事があり、地域にも医療と福祉と介護の谷間がある。そのようなスペースを、自治体病院や行政が埋めなくて、だれが埋めるのか。スペースを埋めなければ、良い医療なんてできるわけがなく、また、医療と福祉の狭間で困っている人たちを支援することなどできるはずもなく、チームの勝利としての「住民から信頼される医療」を実現できるはずがない。
その表現形として当院では、10年前から瀬戸内海の島々に巡回診療にでかけている。さらに、1日24時間1年365日の在宅医療もやっている。自宅での人工呼吸器管理・在宅緩和ケア・中心静脈栄養管理など、民間医療機関ではできない在宅医療だ。
<感動の投書の裏に潜むものを読む>
当院に入院していたある患者さんが、我々の取り組みに感激してくれて、“医師の一言が何よりの良薬”との文章を投稿し、全国紙に掲載された。「直腸がんの手術を受けた。当初は恐怖の入院だったが、すばらしい職員にめぐり会えて、今は病気にさえ感謝している。この病院、施設はあまり立派ではない。しかし、人は温かくてすばらしい・・・」。
しかし、新聞に載ったことを職員が喜んでいるだけでは、ただの人間にすぎない。たしかに、患者や住民は、我々の何気ない行動に感動してくれる。病院の廊下で投げかける「久しぶりね、体の調子はどうでした?」の一言。杖をついている人にそっと手を貸してあげる仕草。このような心配りをすごく喜んでくれる。
しかし、我々の何気ない一言が患者さんを勇気づけ元気づけるのなら、その何倍も何十倍も何百倍も、我々の何気ない一言が患者さんを傷つけているはずだ。なぜそれが、我々に伝わってこないのか。患者や住民が我慢しているからだと思う。その証拠に、当院では傾聴ボランティアを入れているが、そのレポートを読めば、患者さんが我慢していることが明らかだ。
「患者中心の医療」が大はやりだ。私もそうだ。しかし、現場はそう甘くない。「患者中心の医療を!」と職員に言いつづけている私でさえ、朝の忙しい外来が午後にまで長引いてくると、患者中心でなく、私本位の診療になってしまう。
これらのことを謙虚に反省して、日々の業務にあたるべきだと思う。
<ブランド品に見出すような価値を病院は持っているか?>
現在なされている医療制度改革は、「社会コスト」と「サービス」の二つの視点でとらえることができる。
医療を「コスト」とみなせば、30兆円を超える国民医療費を抑制しようとするだけで、そこには患者の満足度や医療の質や安全性など入り込む余地がない。
一方、医療を「サービス」と認識すれば、医療消費者である患者にとっての“価値創造”に焦点が絞られる。財布から千円余分に出しても、自院が生み出す医療という製品を買ってくれるかどうかだ。「価値」とは、“ものの良さ・大切さ”である。そして、その対象者としての“住民”・“開設者”・“職員”に、病院の「価値」を感じてもらえるかどうかだ。つまり、病院「ブランド化」である。
なぜ、不況の世の中でありながら、女性がグッチやルイビトンなどのハンドバッグを、高い金を払って我先に買うか。それは、彼女たちがブランド品のハンドバッグを“ものが良い”と感じ、それを買ったら“大切にしたい”と思うからだ。それと同じことが医療にも言える。住民が病院の生み出す医療に“ものの良さ”を感じ、病院を本当に“大切に思ってくれている”かどうか。そして、開設者が自ら設置・運営している病院に“ものの良さ”を感じ、本当に“大切に思っている”かどうか。そして、もっとも大切なことは、職員が自らが勤務する病院に“ものの良さ”を感じ、本当に“大切に思い”、その「価値」を認識しているかどうか。かつての坂出市立病院では、これら“住民”・“開設者”・“職員”という3つのゴールデントライアングルが崩壊し、結果的に日本一の赤字病院に落ちぶれてしまった。
<循環型病院運営>
私が院長就任以来ずっとやってきたのは、患者にとっての“価値創造”。それを基点として、“価値創造”→「患者満足度」→「患者ロイヤリティ」→「利益」→「投資」→「職員満足度」→「職員ロイヤリティ」→「職員生産性向上」→“価値創造”という循環型病院運営のサイクルが回る。
そのためには、買っていただいた製品としての医療に満足してもらうことだ。病気の治癒というアウトカムを含めた、診断・治療・看護・人間関係・アメニティ・安全性など医療のすべての工程に満足してもらうこと。いわゆるCSとしての「患者満足度」。患者が満足すれば、病気になったら再び同じ病院を受診するはずだ。つまり、病院に「ロイヤルティ」をもってくれる。そうすれば、「利益」が生まれ、それを患者にとっての“価値創造”に「投資」することができる。
私は当初5年間、いわゆるESとしての「職員満足度」は無視してきた。
それはなぜか。過去の当院職員が“チンタラ、チンタラ”と仕事をした結果、市民1人当たり8万円の負債を残した。にもかかわらず、給料が減るわけでもなく、数千万円の退職金を手にしていた。5%前後という高い完全失業率の不況の世の中にあって、そういう職員たちの満足度を考えてやる必要があるはずがない。
しかし、職員が懸命に努力し、その結果、経営が安定し、「利益」が出て、いろいろな「投資」ができるようになった。私は、患者にとっての“価値の創造”を一番の命題にしている。それは、単にお金をかければ達成できるものではない。つまり、患者にとっての「価値」を創るために、最も大切なものは、お金を投資してのハードではなく、ソフトとしての職員だ。つまり、職員に“生きがいと働きがい”を感じさせて、生産性を高めること。それには、職員に「市立病院に勤務してよかった」と思ってもらい、満足してもらわなければならない。つまり、ESだ。満足してもらえば、病院に対して「ロイヤルティ」をもってくれるはずだ。
<税の投入に対するレスポンシビリティ>
自治体病院にとっての大きな問題は、「利益」と「投資」の間に繰入金が入っていることだ。その額は年間約7,000億円。そうしてもなお、自治体病院の約96%が医業収支の赤字。病院が赤字とは、「利益」がないこと。それにもかかわらず、“ヒト・カネ・モノ”を「投資」できている理由は、繰入金の存在だ。これによって、ほとんどの自治体病院はこのサイクルを回転させている。民間病院は繰入金なしで、このサイクルを回し、患者にとっての“価値創造”に努めている。だとすれば、税としての繰入金が投入されている自治体病院が生み出す医療という製品の「価値」と、税を払いながらの民間病院のそれとは、当然のこととして、違うべきだ。その違いを患者に対して分かりやすく示す責務が、自治体病院にはあると思う。
しかし、我々自治体病院がその責務をはたしてこなかったからこそ、与党自民党が「公的病院のあり方検討小委員会」を設置し、自治体病院や社会保険病院、あるいは労災病院を議論の俎上に上げ、追及しているのだ。謙虚に反省しなければならない。
<忙しい病院が変わるには、仕事の再定義しかない>
病院では、だれもが忙しい!忙しい!と嘆き、事実、朝から晩まで業務に忙殺されている。この忙しさを解消するには、賢く働く以外に方法はない。そのためには、仕事の再定義しかない。
例えば、「病院年度予算の意味」を定義しなおすことである。予算とは、「すべての職員のその年度の行動指針」である。一般企業では、営業の最前線で仕事をしている社員の統括責任者である営業部長が、予算編成や会社経営に参画しない企業はないはずだ。病院で営業部長に該当するのが医師である。しかし、赤字時代の当院では、医師が予算編成に参加したことはなく、3人の事務職員が数ヶ月もの時間を費やし、しかも、現場の状況や意見が反映されない意味のない予算を作っていたのである。そこで10年前からは、予算編成に医師を参画させることにした。その結果、事務職員の仕事量は3人から1人、3ヶ月間からわずか1週間に減少し、しかも、有意義な予算が組めるようになった。そして、予算編成時期における事務職員の目の回るような忙しさは解消されたのである。
<分子型経営か、分母型経営か>
かつて、当院は、人件費比率が78%を超え、毎年数億円の赤字を出していた。これを黒字に変換させるにはどうするか。
方法は2つ。収益はそのままにして、費用である分母を圧縮する、分母型経営。一方、費用には手をつけず収益を拡大させる、分子型経営。さあ、皆さん方、どっちを取るか。
1億円の黒字を目指すとする。
分母型経営では、収益はそのままにして、費用をカットすれば、1億円の黒字。分子型経営では、費用はそのままにして、収益を1億円増やせば、トータルで1億円の黒字。組織にとって、活力を生むのは分母型か分子型か。私は分子型経営だと思っている。しかし、現在、日本のほとんどの企業の経営スタイルは、分母型。賃金カットや必要な経費までを削る“ケチケチ作戦”を展開したり、大量の人員リストラをしたりで、赤字を解消し組織の存続を図ろうとしている。平気で社員の首を切る、そういう企業の社長に限って、「企業は人なり」などと、偉そうなことをノタマウ。決して、分子型経営をしようとしない。
なぜか。
分子型経営をするためには、「見えない世界を見る力」を養うことが必要だ。変化を予見し、先見性と創造力をもって方向性を打ち出し、組織を運営していかなければならない。今、起きている変化は何なのか。これから起きようとする未来は。すでに起こった未来とは〜その一つは人口構造の変化であり、私のような団塊の世代はあと10年もすれば、高齢化に突入する〜何なのかを、社長や院長がしっかりと理解できているか。
当院は、分子型経営に軸足を置いてやってきたつもりだ。
<11年連続の医業収支黒字決算>
病院単独の経営努力を反映するものは、行政からの繰入金を収益とみなす「経常収支」ではなく、それを除外したもの、つまり、「医業収支」だ。当院のそれは、昭和54年から平成3年まで、13年連続の赤字。毎年数億円の損失を生じ、その総額は25億円に膨らんでいた。しかし、「意識を覚醒」させた平成5年度決算は、5千万円の黒字になった。その後は毎年、数億円の黒字であり、「医業収支比率」は、平成2年度の全国最低ランクの84%から、平成11年度は200床以上の自治体病院では第1位の112%となった。そして、不良債務は解消した。その後もずっと、ベスト3に入っている。職員は、よくぞ頑張ってくれた。彼らは病院の宝であり、坂出市の宝であり、全国の自治体病院に誇れるものだと、「胸を張って」言うことができる。
では、かつての時代の病院幹部や職員は、何をやっていたのか。定年で退職した職員の退職金は平均約3,000万円。その一方で、彼らは住民1人当たり8万円の負債を残し、今は、釣りやお稽古事など、悠々自適の生活をしている。このようなことが許せるか。これは、医療人としての資質以前の、「人間としての資質」の問題ではないか。
<自治体病院の社会的責任>
民間はどうか。山一證券の社長は自分の経営責任ではないのに辞任し、しかも退職金は受け取らなかった。そして昨年まで何をやっていたかといえば、路頭に迷ったかつての部下たちの再就職活動に奔走していた。立派な人だと思う。つまり、民間企業では“結果責任としてのレスポンシビリティ”、“説明責任としてのアカウンタビリティ”が問われているのだ。しかし、自治体病院では、何ら経営責任を追求されることはない。責任がないからこそ、これほどまでに赤字が膨れ上がったのだ。「自治体病院は何をやっているのか」との非難は、あながち的外れではない。我々自治体病院は、社会的責任を十分に果たせなかったことを謙虚に反省すべきだ。
私のしたことは、前の世代が残した負の遺産の解消でしかなかった。より良き歴史と伝統は、人から人へ、世代から世代へ受け継がれて形成されるものだ。しかし、前の連中が我々に残したものは、「日本一の赤字と、築後40年前の古い建物、そして典型的な親方日の丸体質」という、まことに見事なものだった。それと同じことを、次の世代の職員や市民に残していいのか。
<自治体病院のジレンマ>
「経済性の確保」と「公共性の発揮」という二つの重い責務を、天秤棒のようにその肩に背負っている自治体病院の苦悩は深いものがある。
公共性を発揮するのは、簡単なこと。巨額の金を投入して、豪華な病院を建築し、電子カルテや高額医療機器を導入し、そして、沢山の人をつぎ込めば、だれだって、どこの病院だって、公共性を発揮できる。しかし、当然の結果として、経済性は落ちる。一方、経済性を確保するのも、容易いこと。公共性を無視して、徹底的に金・金でやればよい。
つまり、「公共性」に重点をおけば「経済性」が低下し、「経済性」に軸足を移せば「公共性」が疎かになる。このジレンマを解決し、住民の期待に応えるためには、水平思考から垂直思考に転換する以外に道はない。X軸からY軸への発想の転換だ。両者のバランスを取ることに精力を注ぐのではなく、自らの足元をしっかりと見つめ、“自律と自立”をもって背丈を伸ばし、成熟すること。そうすれば、両者を満たすことができると思う。
現在、盛んに議論され、かつ、すでに少なからぬ都道府県で実行に移されている自治体病院経営形態の “公設民営化”・“広域化や統廃合”・“地方公営企業法全部適用”・“PFI導入”、あるいは“地方独立行政法人化”にしても、実は、自治体病院の“自立と自律”を促すための方策なのだ。
<改革を妨げる3つの壁>
改革を妨げる壁は、3つある。「制度の壁」、「物理的な壁」、そして「こころの壁」だ。
病院の組織図を変えたいのに、割愛制度を導入したいのに、「いずれ、考えましょう」と先送り。坂出市行政の問題。矛盾の多い医療保険制度にしても、しかり。これらはすべて「制度の壁」だ。
病院は老朽化し、現代の医療を提供するには時代遅れの建物だ。しかし、建て替えたくても建て替えることができない。「物理的な壁」である。
唯一、打ち破ることができたのは、「こころの壁」。日常性に埋没していた職員の「こころの壁」をブレイクスルーすることによって、意識が覚醒し、病院健全化を達成できた。よくぞ職員は意識を変えてくれた。
組織には「2:6:2の法則」がある。“言わなくても分かる人”が2割、その対極に位置するのが2割の“言っても分からない人”たちだ。私は、言っても分からない人を相手にはしない。自然淘汰を待つしかない。一方、言わなくても分かる人は、黙っていても十分にやってくれる。とすれば、組織にとって大切な集団は、その中間に存在する6割の“言えば分かる人たち”だ。私が院長として赴任した当時の病院は、この大切な集団が、言っても分からない人たちの声の大きさに惑わされ吸収されて、職員の8割が言っても分からない集団を形成していた。「もの言えば唇寒し・・・」が組織風土だった。それが今では、本来の比率にもどった。
<医療は文化だ!>
私は坂出市立病院で高度医療をやろうとは思っていない。また何も、遺伝子・再生・移植・周産期医療や三次救急など、そういうものだけが高度医療ではないと考えている。
坂出市立病院にとっての高度医療とは、患者さんが不幸にして当院でお亡くなりになったときに、遺族の方々から、「坂出市立病院で死んだのですから、もう思い残すことはありません!」と言っていただけるような医療であると確信している。“患者と、住民と、そして職員がともに共感でき、感動できる医療”をやってきたつもりだ。
この14年間、院長としてやってきて、「医療は単に医療ではなく、地域にとっての大切な文化だ」と思うようになった。私は、坂出市立病院での医療をとおして、まだまだ十分とは言えない坂出市の文化度を高め、住民が「坂出市に住んでよかった、坂出市立病院があるから安心して暮らせる」と言っていただけるような「街づくり」に貢献してきたつもりだ。
「医療は単に医療ではなく、地域にとっての大切な文化である」という言葉で、講演を終わる。
<質疑応答>
・ 改革を遂行するのに腹心の部下を置かれたのですか?
回答:コンセプトは「みんなで一緒に」だった。216床、300人の職員というちょうどいい規模だったから、自分だけで引っ張れたのだと思う。
・ 地方の医師不足は問題だが?
回答:坂出時代には医師不足を感じたことはなかった。変革が進むにつれて「坂出市立病院で勤務すると、いろんな勉強できる」と、意欲ある医師がきてくれるようになった。しかし、徳島県立病院では医師確保に苦労している。臨床研修義務化の影響もあるだろうが、へき地にある県立病院では医師が不足している。時間はかかるが、病院が努力して、「そこの病院で勤務したい」と医師が思うような魅力ある病院にしなければならないと思う。
司会(本田):OECDで比較すると、12万人の医師が足りていない(現在26万人)忙しいから開業しようとますます勤務医が減っていく、国の制度、根幹を変えないと難しい…。
・ 医者不足が言われるが、医師全体からは切実な声が上がらないのはなぜか?(毎日新聞記者)
回答(中澤):開業医が多い日本医師会は必ずしもそう感じていない。勤務医は忙しくて日常生活に埋没している。
・ 平均年齢45歳の看護師はどうなったか?
回答:今は平均年齢33歳。年齢の高い看護師は改革が進んだり、ITがはいってやめていった。
・ 電子カルテは医療にとって必要か?
回答:時代の趨勢だと思う。電子化なくしてこれからの医療はない。しかし、電子カルテは、「手段であり、目的ではない」。電子カルテをどのように活用して、目的としての良い医療を実現するかだ。
・ 低価格の電子化はどうやって実現したか
回答:手作りでやった。端末としてのPCは、量販店で特価品を買った。
・ 電子カルテを入れたことによる付加価値は?
回答:当院の経営改善も含めて、効果的に運用されている電子カルテシステムを視察に訪れた病院は、500病院を超えている。このことは、それまで誇るものない、いじけた職員に自信をもたらし、病院の活性化につながった。
・ 坂出市を取り巻く地域の医療体制はどのようなものか?
回答:半径1km以内に当院を含めて200床以上の病院が3つある。医療に対するアクセスは非常に良い。しかし、当時は、循環器のPTCAなどは、市内の病院ではできなかった。そこで、当院が循環器科を充実させた。すると他の民間病院が追随し、坂出市の循環器の治療レベルは上がった。救急医療に力を入れることで当院への救急車搬送件数は30%から70%にシェアが上がったために、民間病院は危機感を持ち、救急医療をしっかりとするようになり、坂出市の救急医療のレベルは上がった。そこで、当院は循環器や救急医療の充実から手を引いた。つまり、坂出市立病院の役割は、さまざまな道を付け、隙間を埋めることだと思っている。住民にとっての正しい医療秩序を構築するのが役割だ。だから、高度医療はやっていない。
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