講演会
●第23回医療制度研究会講演会講演要旨
「日本の医療改革のために」
東海大学医学部教授・総合医学研究所長 黒川 清 先生
現在の医療制度の混乱期にあって、医者は、プロの職業人としての社会的な責任は何かという視点で情報を発信することが必要で、それには医者同士が共通の認識を持つこと、また社会的な信用を得るためには、自分たちに厳しくあることも同時に要求される。医療関係者から一般の人への情報発信は重要で、その実践のひとつとしてホームページを作って活動している。下記のURLに是非アクセスして欲しい。
http://www.kiyoshikurokawa.com
1.20世紀初期は感染症との戦いで日本人は大活躍だった。
20世紀前半までの医療は感染症対策が大きな問題だった。その進歩はノーベル医学賞を誰がもらったかを見れば理解しやすい。1901年に始まったノーベル賞はベーリングのジフテリアおよび破傷風の研究に始まり、ロスのマラリア、コッホの結核、メチルニコフの免疫等と目覚しい発見が続いた。北里研究所の創始者である北里柴三郎はベーリングの共同研究者として有名であるが、残念ながら受賞しなかった。当時の日本の国際評価からすれば仕方がないという印象だが、慶大医学部や日本医師会の創始者としての実績などから見てもビジョンのある人物であった。日本人の研究者はその他にも志賀潔の赤痢菌の発見、橋本病の橋本、高安氏病の高安、田原の結節などは、20世紀はじめの10年間のことであり、医学への貢献はすごいものがある。野口英世は1900年に渡米し、ロックフェラー研究所で活躍し、梅毒の病原体がスピロヘータ説を実証したスターであった。この研究所は、当時アメリカが先進のドイツ、フランスに追いつくために、フレクスナーを初代の所長として託したものであるが、今でも同研究所に野口の銅像が飾られている。みな30歳代の若手だった。
2.戦争を起こした日本人の狂気と気質は21世紀の今日でもあまり変わっていない。
国としては明治維新から日清、日露の戦争で世界のG5に躍り出るまでに成長したが、その後は「いけいけどんどん」で第2次世界大戦に突入し敗戦を迎えた。敗戦は天皇の宣言によって終結した。官僚は破滅がわかっていても止めることはできない。もし天皇が辞めるといわなければ、官僚はどこまでも戦争を続けることになったに違いない。
アメリカが日本の統治政策を決定するのに行った研究に、有名なルースベネディクトの著書「菊と刀」がある。彼女は日本人の気質を正確に記載し、戦後の占領政策に大きな影響を与えた。沖縄で見せたように、ほとんどの人が死んでも最後まで抵抗する狂気、厚木に着いたマッカーサーが狂信的な抵抗を受けると予測したいたのが、“welcome”や“give
me chocolate”になる複雑さ、天皇がやめるといわなければやめられない日本人の意識を考えて、終戦後は天皇制を廃止せず残す政策をとった。ナチスとヒットラーの戦争責任を追及したドイツにとった占領政策とは対照的である。日本は旧来の意識体系を存続したまま民主主義の形が導入された。歴史の流れから見て今の日本人の意識はかわっていない。
戦争に負けても日本は誰もが責任を取らなかった。その後日本は復興を遂げるが、その要因はいずれも日本が意図して得たものではなく、いくつかの偶然―たまたまアメリカの占領下になったこと、東西冷戦が起き朝鮮戦争が始まり、日本の地理的条件が合ったこと―により経済発展を遂げた。血のにじむような苦労も、過去の反省もないまま護送船団でやってこられた。今の繁栄は私たちが頑張ってもたらされた発展ではない。
3.グローバリゼーションで化けの皮がはがれた戦後の日本。
情報が地球規模になることで、ソビエト、東欧諸国に変化をもたらし冷戦構造は崩壊する。護送船団方式でやってきた多くの日本企業がだめになった。「Japan
as number one」と言われた時代に、政治はだめだが官僚は優秀といわれていた。しかしそれも内部だけで外にはわからなかっただけ、瀋陽の日本大使館の事件が全世界にライブで報道されるようになると、主権の観念もない官僚のだらしなさがすぐにわかってしまう。
4.国家の重要課題は官僚ではなくその道のプロ集団が解決するべき。
経済学者、宇沢弘文氏は著書「社会的共通資本」で教育、農村、都会、医療、金融が社会の最重要な問題であり、それぞれの分野の将来像や青写真はその道のプロ集団が作り責任を取るべきであり、現場を知らない官僚が作るべきではないと述べている。
5.国をだめにしたのは教育。
現在の大問題はリーダーが日本の信用失墜に気づいていないこと。これは歴史的な知識やビジョンがないから適切な判断ができないことにつきる。日本は近代歴史をきちんと国民に教えていない。国民は歴史の流れを知らない。高学歴社会というがこの高は=高校卒の高学歴社会、大学に入るまで勉強するだけでちっとも勉強しない。そしてこれらの社会の共通資本の基盤が崩れると、回復するのに20年以上の時間がかかる。
6.1995年に起きた崩壊の象徴
1995年には社会基盤の崩壊を表す象徴的な出来事が3つ起きている。神戸大震災の前年に起きたロスアンジェルスの大地震をみて、おおかたの論評は技術日本では考えられない出来事と言っていた。実際に神戸で大火災と高速道路の崩壊が起きてみると、たくさんの手抜きがあり、技術立国日本が根元からくさっていたことが象徴されたのだが、請負業者の責任と矮小化されて、反省も根本を見直すこともなかった。それがJCO、雪印、日本ハム、東電と続いて実証されている。
オウム真理教は「教育の崩壊」を象徴するものであった。東大生も捕らえられたが、偏差値というひとつのパラメーターでしか捉えられない教育が、彼らの好奇心や向上心を阻害してしまったことであり、オウムの問題である以上に教育の崩壊であることに気づかない―これは私達の責任であると思う。早い話、手術の腕前に偏差値が関係するのかということで、今の教育は偏差値の一面でしか人を見ていないという問題に気付かなければならない。
3番目は「住専」である。6900億円の公的資金で大騒ぎしただけで、誰もが責任を取らず、重大なことに気づかなかった。その後次々に大きな倒産が起こり、大きくした傷口に軽く兆単位の投入をしなければならなくなった。誰も罰せられず銀行は次々に名前を変えているが社会に対してどのようなミッションを持つのかという視点に欠ける。
7.日本の医療制度は状況の変化に適応していない。
現在の医療制度は、経済成長があって国民の生活も、疾病構造も換わったのにほとんど変わっていない。糖尿病が増えたのは遺伝子もあろうが、たくさん食べられるようになったのに体を使わなくなったから、食べ放題、タバコの吸いすぎ、だらしない生活をしてきた人が病気になって多額の医療費を使う。教育(public
education)のほうが疾病予防には効果がある。
8.アメリカの医療投資は日本国の10倍
外国人医師、株式会社参入の議論は、知ったかぶりの「リーダー」がアメリカの本当のことを知らないで議論するから馬鹿なことになる。一人の診療に時間をかけて、報酬が高く、医師の雇用に自由度があればこんな問題はおきていない。保険者機能の強化というが加入側に選択権がないのだからそうならないのは当たり前。日本の医療費が高い、無駄とか言われるが、米国では高齢者と低所得者の医療(メディケア、メディケイド)に国が50兆円(約26%)を負担している。日本では国の負担は10兆円(2%)程度。ヨーロッパでも医療費にGDPの9〜10%をつぎ込んでいる。
9.セーフティーネットがない日本の医療政策
医療のセーフティーネットのために国はもっと投資しなければいけない。そのかわり病院も自己完結型ではなく、病院の間でダブって施設をつくるような無駄は避ける必要がある。高齢者が金を使わないのはセーフティーネットがないから―公的な病院は2人部屋でも良いから安い値段で入れるようにし、老人ホームは山奥に隔離しないで、街中につくる。銀座の泰明小学校は入り手がいないのだから、老人ホームにしたら良い。夜は銀座でお金を使うお年寄りもいるかもしれない。セーフティーネットを整えた後でやるのなら、自由診療も医療特区もあると思うが、不安が解消しなければできるわけはない。医者も看護婦も必要で不足するのは避けられないから、医療人の養成に公的資金をもっとつぎ込んでそのかわり公的な義務を課す。そうすれば医者にも公的な観念が生じる。
10.政治参加のために日本医師会の応援を。
日本医師会は大学病院や勤務医の立場に視点がないから、14年度の改訂でいろいろな行き違いを生じたが、その役割は重要で、政治的な決定をする上では大切な組織である。医師全体が医師会をいい意味で応援しなければ、外部から見れば内部抗争と写り、格好な攻撃材料を提供してしまう。今までのやり方ではなく、各病院や医師がタウンミーティングをしたり、共有する認識を社会に発信していかなければならない。患者さんや家族の意見を吸収して、それぞれの立場で国民の意見を吸い上げる努力をすべきである。
11.エコノミークラスだけのジャンボ機の料金値下げは墜落の危険
国民皆保険制度の医療は飛行機で言えば、エコノミークラスしかないジャンボジェットに似ている。ジャンボジェットもファーストクラスに乗る人から高額な料金をいただけるから機体整備も行えて安全を保てる。エコノミークラスだけでしかも料金を下げられたのでは安全も確保できないのは当たり前、良い医者も看護婦もやる気を失い、その悪循環で崩壊の危機にある。
社会構造が変化しているのに、システムが変わらないことで起きる医療の崩壊には、関西大震災や、オウム真理教や、住専のように象徴的な出来事が起きるものだが、医療事故の多発はその象徴的な出来事である。医療人の使命感に頼っていてもいつかはだめになる。相手がわかるような言葉で、誰に伝えるかをしっかり示しながら、社会に情報を発信しなければならない。
12.日本の公共投資は一国でG6の合計に相当するくらい高い。
日本のGDPは500兆円。公共事業費は少し減ったが30兆円、G6の同じ形の支出は全6カ国の合計が32兆円。欧米ではダムをやめたというのにまだ380箇所の工事をやっている。行政訴訟の数はドイツの20分の1、それも98%は負ける。司法が独立していない。官僚が法律を作る。日本では「クラブ」に属していないと損をする。民主主義だって上から与えられたもの、北朝鮮とあまり変わらない。声を上げなければいけない。
13.ひるまないで発信をしよう
2時間待ちの3分診療や医師への謝礼で問い詰められると、医者の大部分はすみませんという。どんな技術のあるものでも同じ料金だから、腕の良い医者が込むのは当たり前、無理やり頼んだのなら額はその人の経済の範囲でいいとしても結局御礼をすることになる。アメリカではドクターフィーで払う。回りの環境が異なるのだから一緒にしても始まらない。病気になってから医者のことを言っても始まらない。医者を育てるのもコミュニティーがもっと参加すべき。
日本を変えるのに役人ではできない。できるとすれば政治家しかいない。若い人で「クラブ」(官僚)から政治家に転身するひとが増えてきた。いい政治家を選ぶのは国民の責任、一生懸命やっている人もいるし彼らが政治を変えるかもしれない。しっかり応援したいと思う。
質問:
地方の公的病院では医者が疲弊しているし看護婦も元気がない。
答え:
ひとつの原因は中央集権のしすぎがあると思う。看護師も医者が病院を開いて経営する段階で上下関係ができたし、女性は子育てなど生涯に働ける時間が自由ではないが、終身雇用の考えが残るから、働けなければやめるしかないということになる。準看も地方で卒業してもそこでは就職しない。
「菊と刀」でルースベネディクトが指摘したように、日本人の価値観はポジションが人より大切になってしまう。東大教授といえばすぐに「えらい」と思う。ブランド意識が変わるのは難しいが、コミュニティーに発信し続けることが必要と思う。
質問:
医局はどうなる?
答え:
昔は大学病院にしかできない医療があり、一般病院も大学との関連が必須だった。だんだん一般病院の実力が上がってくると、人材調達の自由度も上がってくるだろう。公的病院の部長は博士号がないといけないという時代があった。いまでもそう思われているが、それを採用するしないは経営者の問題だろう。本家のドイツではとっくにやめたのに、教わってきた日本が、いまさら博士号の資格に固執しているのは無知としか言いようがない。
質問:
医師会活動その他に内部改革を行いたいと思うがうまく行かない。
答え:
なかなか動かなくても一歩が肝心。民族の特性といっても一歩を踏み出せば10年後の次世代で何とかなることもある。若い世代への発信は大切、何もしなければ次世代も知らないで10年を無駄に過ごすことになる。欧米では学生が「馬鹿な質問ですが」、と前置きすると「stupid
answer」はあっても「stupid question」は存在しないといわれる。日本で質問するとそんなことも知らないのかと怒られる。上が変わらないで、社会が変わるはずが無い。
質問:
手術ができない外科の教授がいる。この点はどう思うか?
答え:
そのような教授がいるのは大学が決めたから、回りも黙っているからいけない。東北大学の泌尿器科の教授は倉敷中央病院の部長がなった。東海の泌尿器の教授には天理の部長をお招きした。こういうことも良い例として周りに発信することが大切である。
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