医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第16回 大往生と医療 < 第11回 〜 第20回 > 第18回 病院医師の評価制度

講演会

●第17回医療制度研究会講演会講演要旨

「大リーガー医の研修医教育」


舞鶴市民病院副院長 松村理司先生
1.医者は不足しているか
 病床数が少ない病院はともかく、大きな病院でも医師が足りないと聞く。現場が必要とする優秀な医者が余っていて派遣するという病院はないし、大学病院にも余っていない。日本全体としてニードに合った医者は生産できていないと思う。その反面、医師は余っているという議論もある。専門性が高くなり、ある専門以外のニードがある場合には別の専門家が必要になる。昔は往診していた医師でも、今は病人にチューブが入っていたり、気管切開がはいっていたりで、そう簡単にはゆかない。実は近代病院がそれを生み出しているのだが、その病院は病院で、医師もナースも忙しい。医療のニードにあったスタッフの供給を考える必要がある。
 研修医は大半が関連の大学から派遣される。研修指定病院で自前のプログラムで研修医が募集できているところは、そんなに多くない。アメリカではマッチングが行われ、研修医はすべて研修病院のどこかで教育される。日本でもあっていいと思うが、歴史の問題があるので難しい。医療は労働集約産業であるから、専門性が進んで医療が高度化すると、いくらやってもきりがない。制度的に見て、日本が特別に専門に特化しているわけではない。スエーデンは一次、二次、三次を峻別しているし、プライマリーケアのレベルでは、眼科でも耳鼻科でも、訓練すれば専門外の医師が見ても問題はない。縦に築いたものを横にすることで、問題は解決出来るかもしれない。
 総合診療の流れは日本で近年盛んになってはいるが、行政主導で形からくることが多く、大学病院では総合診療科に一人しか医師がいなかったり、ポストだけでニードに合った形で機能していない。
 1000床規模の一般病院だと、やはり同じようなことになる。その点、200から300床の病院なら総合的な展開が可能であり、舞鶴市民病院でも研修医が10人近くいて、研修では総合医を育てるという形になっている。若い連中の中には、生涯ジェネラリストでいきたいという人も少なくない。こういった医師を育てていけば、医師が少ない現場に貢献することが出来ると思う。

2.大リーガー医の臨牀と教育
 ‘大リーガー医’招聘という発想は、もっと総合医を養成できないかと思うところから発生した。

ジュール・コンスタント先生:
 78歳になる循環器の医師である。18年間引き続いて来てもらっている臨床教授だが、研修医教育の大ベテランでもある。ECGの本を書いたり、ベットサイドカルディオロジーの教育をしている。沖縄県立中部病院に毎年来ており、そのときに舞鶴へも教育に来てもらっている。

ウィリス先生:
 1986年から4年間いてもらえた。当院では研修医は近くの公舎住まいなので、朝7時半から抄読会を開けてきた。抄読会は、最近はやりの言葉を使えば、世界のEBMに慣れるという意味があった。後年、彼にEBMに対する考えを聞いたところ、EBMには‘冷たい’。彼に限らず、北米の臨床医の話にもEBMという言葉はあまり出てこない。考え方として当然だということもあるが、EBMは研究者がよく使う言葉くらいに捉えていることが多い。
 ウィリス先生から聞いた言葉で、“象を打つ銃で雀を打ってはいけない”というのがあった。バランスのとれた教育は、現場の臨床教師にしか出来ない。研修医とのディスカッションの大きなポイントである。彼は天理よろず相談所病院にも招聘された。天理病院は1000床ある病院だが、北米のスタンダードから行くと300床でいいのではないかと言う。神経疾患の人が検査のためにずっと入院している。23日間にわたる入院で果たして何がわかったか、外来でなぜ出来ないかという話になる。彼の話を聞いて研修医は生き生きしていた。この病院では80床の研修病棟があり、2年間の教育をここで行っている。大きい病院で行われるにはなかなか良いシステムだとは思う。
 彼に“北米医学に臨床教育の伝統があるのか”と聞いたら、“そうとは限らない。私は立派な教育を自動的に受けたことはない。優秀な教師を求めて教えを乞う形をとった”と話していた。アメリカやカナダが、60年前から成熟していたわけではない。
大リーガー医は、1989年にNew England  Journal of Medicineなど数誌に広告を出して募集した。Bedside diagnosticianを求めた。100通もの応募があった。この中からジェネラリスト10人を選ばせてもらった。

ロバート・ピエロニ先生:
 1990年秋。アラバマ大学の教授、老年医学にも造詣があり、研修医が選ぶベストティーチャー賞を何度ももらった人だった。老人を扱うということは、同時に倫理的なものも扱う。京都大学老年科で症例検討をしたときの話、研修医が質問を準備していて、膵臓癌の末期の人に体重を減らさないために何をするべきかと質問した。彼の回答は“人生の終わりとして考える”だった。日本では末期に何をするのかということを、誰と議論するのか、末期や死というテーマを指導する医師がいないことに疑問を呈された。この状況は今もあまり変っていないと思う。何が回答かは難しいが、少なくとも研修医に背中を見せることくらいはしなければならないと思う。
 当時は湾岸戦争のときで、彼は防毒マスクの専門家だったことと予備役であったこととで突然召集され、サウジアラビアに8ヶ月間も行った。アメリカの危機管理体制の一面を見た。ダンスがうまく、奥さんも社交上手、気さくで陽気なアメリカ人だった。

ポール・バーガー先生:
 clinician- educatorで、臨床現場のジェネラリストだった。ジェネラリストは専門家を必要とするが、専門家もgeneralismに弱くては始まらない。良い緊張関係にあるべきだ。日本はスペシャリストだけがいて、研修医はスペシャリストに学ぶという図式だけ。大きい病院にはジェネラリストがいないから、相互の間に話し合いがない。彼の言葉に“近未来のアメリカにおいて、病者の肉体的、精神的な苦悩を解決するものは、統合された知性や感情以外にはないだろう”というのがあった。技術が進んだといっても、人間の体は複雑すぎて専門家が乱立しても解けない。専門家は専門外のところでは学ばない。議論はその分野でしか発展しない。縦型ではなく横につなぐものが必要なのではないかと思う。一般内科こそが中心になければならない。そうでないと、内科という言葉は不用になる。アメリカでは60年代に専門分化が進んだが、80年代後半からは、more generalismとなり、今はファカルティの数としてはcardiologyを抜いてしまった。日本では未発展なこの分野は、臨床現場でこそ展開されなければならない。
 救急で来院し、呼吸管理になった老人がいる。奥さんのおばあさんが何年間も付きっ切り。アメリカではぼける前に話し合いが行われ、人工呼吸器を外して死を迎えることが一般的である。我々は未だにそういう決定の仕方はしていない。

ウィリアム・ホール先生:
 ロチェスター大学の老人学の専門家、後にアメリカ内科学会の理事長になった人である。来年国際内科学会に来て、CPCというか症例検討というかをやることになっている。このCPCに選ばれた医師3人はみんな我々の病院に来ている。こういった症例検討に気さくに出ることは日本の教授では考えにくい。奥さんも小児科の教授だったので、京都大学の小児科に連れて行った。当時は免疫学専攻者ばかりがスタッフを占めていたし、入院している人の中には大人の人もいた。なぜかと不思議がられた。

トーマス・クーニー先生:
 バランスの取れた人だった。アメリカでは研修プログラムが500以上あり、そのプログラムディレクター関係者が1000人以上いる。彼は、後に内科系のプログラムディレクター協会のプレジデントになった。思いもかけないすごい人が参加してくれている。

リウマチ学の権威のノーティン・ハドラー先生:
 履歴がすごい。世界的レベルで偉い人である。膠原病の症例はやさし過ぎるから、自分にはあてるなといわれた。他の専門外の疾患を見せてくれと。ハーバード大学をアルファオメガアルファで出ておられた。症例のまとめ方と、どういう論文にその根拠が書いてあったかということがたちどころに出てくるのに驚いた。そのわけは、世界中から質問のメールや電話がきて、1週間に7時間は無料奉仕で回答しているからだという。EBMとは何かと尋ねたら、“自分を尋ねてくる病人は世界中で診断がつかない人である。それらの人は最低で30cm以上の厚さの資料を持ってくる。1時間で勝負する際にEBMはない。専門家にはスタンダードは関係ない”と言っていた。腰痛の権威であるので研修医にわかり易く話してくれといったら、“私が5000マイル離れた日本に来たのはスプーンフィーディングをしにきたのではない。皆さんの知性を刺激しに来たのだ”といわれた。格調が高い医者だった。

リチャード・ダイアモンド先生:
 議論で負けたことはないという。声が大きい。ただし、臨床家ではなく、心房細動もよくわからないということもあった。講演は抜群だったが、30年の医師生活で舞鶴にいる期間ほど臨床をしたことはないというくらいで、臨床家としては自慢にならない話だった。この方は糖尿病で、ときどき急に低血糖で倒れる。インシュリンを目盛りも見ないで食事の前に打つ。何単位打つのかと聞くと“I don’t care!”だった。

マーチン・ラフ先生:
 日本のことを評して、これだけ長生きをするのだからどうしようもないと言っていた。つまり、これだけ長生きをするのだから、医学教育が悪いといっても人は信用しないという。

ジョセフ・サパイラ先生:
 ラフ先生の友人で、同じく歯に衣を着せない方だった。アメリカでは、医者が10人集まっても専門家ばかりで何の役にも立たない。アメリカの医療には失望したとも言っていた。

ローレンス・ティアニー先生:
 日本でいう「今日の治療指針」を編集している。日本のは1000人の共著だが、アメリカでは50人くらい。頭の中にびっしり臨床が詰まっているような人で、鑑別診断能力は抜群である。

シュー先生:
 ジョンズ・ホプキンス病院の台湾出身の内分泌の専門家。今は、関連病院の内科部長。研修医と行動をともにしており、きわめて忙しく、昼食もエレベーターの中で研修医と一緒と。

3.大リーガー医に共通するもの
 以上、いろんな方々を紹介させてもらったが、双方向的で、批判的な議論に基づく教育( interactive critical disputative teaching )を重要視するの姿勢は共通であった。日本の平均的な医療現場では、これがきわめて不十分だと、私は思う。倫理的課題も共同討議すべきだが、論理的課題も、関係者みんなで討論して納得すべきものである。医学の現在の発展段階では、数学や物理の公理に近い命題とは違って、臨床医学的真実は絶対的ではなく、不確実さにつきまとわざるを得ないからだ。鳴り物入りの新薬が、使い出して2〜3年以内に副作用で製造中止されることがある。臨床医学は、この程度の確かさでしかないのだ。
 円滑な討論は、どうして不十分なのだろうか? 時間がない? 確かにそうだ。日本人は総じて議論べた? そういわれれば、国会討論もたいしたことがないのが多い。長幼の序が邪魔をする? なるほど、儒教の影響は、未だに医学界にもたっぷり残っている。医療空間が開明的でない? 積年の指摘ではある。世間もあいまいさを求める? 約100年前の夏目漱石の『草枕』も、「智に働けば角が立つ」で始まっている。いや、何といっても、臨床系教授選考における研究業績至上主義や年功序列制が、諸悪の根源?
 最後は、またいつもの大きな話になりました。ご清聴恐縮です。

4.質疑応答
質問:
 心臓外科はあまり症例がないのに、多くの病院が専門家を抱えている。だから暇だということを良く聞く。内科も同じように専門科に分かれているから、暇な人が出ているのではないか。
回答:
 自分の経験では胸部外科は症例が少なく暇だった。専門医というのは漫然と専門医となると人手ばかりが多くなる。内科については、例えばレジデントの数を多くして、教育すればスタッフは少なく出来る。レジデントが全入院患者の主治医になり、実力がない者には別に主治医をつけるなどの工夫をすれば何とかなることもある。
質問:
 指導医は潤沢ではないし、3ヵ月後とのローテーションでは基礎的な研修だけで終わってしまう。スタッフの数が不足すると思うがどうか?
回答:
 研修医を指定病院で全部面倒を見ようとしてもうまくいかないだろうと思う。今の医学部の6年が8年になるだけで、結局臨床の経験はびっくりするほどにはつかないのではないかと思う。
質問:
 外国の講師を呼ぶ場合いくらくらいかかるか?
回答:
 年間で1千万円くらい。この額は一人の医者の給料。ろくでもない医者を雇うよりはずっと意味が大きい。
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感想:
 夢のような話で、世界のレベルの一部を垣間見ることが出来ました。松村先生の総合診療にかける情熱をお話の中で感じます。総合診療を教える日本人の医師がいないのはどうしてなのかと不思議です。日本の医学は病人の視点ではなく、権威にたよっている気がします。だから体系がはっきりしている専門体系を持つ大学病院のほうを向いてしまうのかもしれません。日本では、専門分野だけしゃべっていられる人から見ると、GPはあらばかりが見えてGPの方が遠慮をしてしまうせいかもしれません。高齢化社会における診療は総合的な見方が要求されます。総合診療を現場で教えられるようになりましょう。日本自前のプログラムで・・・・・(中澤記)
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