医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第14回 「日本医師会」が病院医療に求めるもの < 第11回 〜 第20回 > 第16回 大往生と医療

講演会

●第15回医療制度研究会講演会講演要旨

「医療事故・我々に何が出来るか」


司会:済生会栗橋病院 本田 宏
 医療は人間が行うもので、人間は間違いを犯すもの、したがって医療事故がなくなることはないと考えなければなりません。社会情勢や医療の技術に進化がある限り永遠に継続する問題です。4名の発表者の議論を参加者全員で討論いたしました。サマリーをお届けいたします。

1.未遂事故を含めたレポートシステムについて
 レポートシステムは、現実に起きているエラーの内容を正確に把握するために重要な意味を持つ。国立病院系では5年前から統一して事故対策の指導があり、各部門にリスクマネージャーを置き、事故報告システムが完備している。600床の病院の例で、部門のリスクマネージャーは23人おり、中央に検討委員会がある。今回事例の発表を行った医療機関では、国立・公的を問わず似たような組織構成になっている。中央の委員会は医師、看護婦の代表で構成されることが一般的であるが、問題を解決できるスタッフとして、物品管理課やシステム室、感染対策委員長などが加わっているところもある。

2. レポートの内容
 レポートは多くの数が報告され、いくつかに分類してデータを蓄積し分析に用いられている。報告数を多くする試みとして、国立系では、自分が目撃したものはすべて報告という取り決めで行われており、看護部から医師が関係したトラブルが報告される仕組みになっている。

3. 事故の内容
1) 単純ミス
 単純ミスは、人の取り違え、注射製剤のとりちがえ、注射の量や単位の取り違えなど、いろいろな場面で起きている。この種の特徴は人に関する問題で何度も繰り返されて起きるし、事故の数も減らない。

2)人の確認
 横浜市大の取り違え手術の報告によれば、いくつかのチャンスで何人かの職員が声掛けによる名前の確認を行っているが、間違った名前で呼ばれても、対象者が「ハイ」と答えたことが原因となっている。術前の浣腸や、造影剤検査などの場面で実例が挙げられた。対象者が老人であるケースは共通の経験であるが、術前の浣腸が別人に行われたケースでは対象者は老人でなかった。また確認チャンスが何回あっても同じ答えが返ってきたことも共通した特徴である。重要な場面での呼びかけ確認は危機の回避手段とならないと考えた方がよい。

3) 確認の方法
 ベットに表示された名前は隠れてしまって役に立たないことが多く、小児のケースでは、兄弟が入れ代わって寝ていたために点滴の誤投与が起きたケースが報告された。同様に病室の入り口のネームプレートは、頻回にベットの移動がある今日の病院では誤った情報を提供する可能性がある。

4) 同姓者の取り違え
 同姓の入院者に起きる取り違えは数が多く、ある施設では、取り違え事故の3分の1はあるとのことであった。フルネームの確認を行うことによりある程度避けられると考えられるが、同姓同名の人が同じ場所に同時に遭遇したケースがあり、ニアミスになったとの経験も示された。これも多くの施設で共通している。

5)左右取り違え
 左右の取り違えは、アメリカで誤って下肢の切断を行った事例が有名であるが、これも起こりうる可能性が高く、透析を行っている人のシャント部位の取り扱いや、股関節手術のニアミスなどが報告された。剃毛を行っているときに気がつくなど、看護婦による剃毛が一つのチェックとなっていたが、近年傷の治りが遅くなるということから剃毛は行われなくなっており、別な確認方法が新たに必要となっている。

6)その他
 重症者には多くの管が錯綜して使用されており、その中から適当なものを選ぶ難しさや、一人の看護婦が複数の病人に連続して処置を行うことが多い状況で、別の要請で作業が中断すると、再開するときに順番が違ってしまうことも多い。注射や投薬に関連する事故は、mgとgなど単位や小数点の読み違えがある。インシュリンの注射器の目盛りは同じ形状でも、通常の注射器の4倍になっているから間違える原因となりやすい。注射薬は瓶に書かれた名前やラベルのデザインが似ているのに、全く別の作用を持つ薬であることも多く、医療現場には誤りをし向けるような落とし穴がたくさん存在する。このようなエラーは数が多いばかりでなく、何度も繰り返されているし、なかなか減らせない。看護婦にかかる負荷が多いことが実感される。

4.事故の対策
 報告されたインシデントを分類しデータを蓄積することは可能でも、背景因子の分析、防止策を確定する段階に移るにしたがって、だんだんパワーが落ちる感じがする。ハードの対策はエラーを減らすのに有効な手段であるが、バーコードを使用するにせよ、口径の異なる3方活栓を準備するにせよ費用がかさむ、注射液の瓶やラベルのデザインは医療側ではどうにもならない。ハードで対応できない点はソフト、つまりマニュアルでの対応することになるが、確認ばかりが厳しくなり、融通が利かず、時間も人手もかかることになる。診療システムの変革が求められている。しかし根本的な解決は医療現場だけでは不可能で、まわりの対策も同時に要求していかなければならない。

5.マニュアルは事故を減らすか?
 事故は細かく分析され、対策が立てられて立派なマニュアルとなるが、この通りにやられていれば絶対に事故は起きていない。マニュアルは確認事項を多くすることになり、忙しい現場をさらに忙しくしている。質はどうあれとりあえず医療を提供するという感覚で行われている野戦病院のような日本の病院の現状にマッチさせることは容易ではない。業務量を減らすことが出来るマニュアル作りが可能かどうかが今後の課題である。

6.組織的な取り組は可能か?
 海外視察を経験した会員からは欧米との比較で次のような意見が出された。高度な判断を要する医療において、欧米では分業が進んでいる。抗癌剤の投与は専門教育を受けた人でなければ行わない。看護婦にも抗癌剤を専門に扱うことが出来る職種があり専門的に扱われる。場所によっては抗癌剤投与を行う部門が決まっていて病棟入院中の人もそこで治療を受ける。また専門チームが地域の化学療法を一括して行い、地域の施設に出向いて治療を行うようなことをしているところもある。日本は専門教育を受けていない医者でも、看護婦でも通常の業務の一つとして行われる。事故の背景には、医療システムが適切な分業のもとに行われていないこともある。

7.リストバンドの使用について
 呼びかけによる個人の確認が困難な状況は高齢化に伴い益々加速すると考えられる。呼びかけに変わる手段としてリストバンドは有効であり、回避手段として採用される必然性は高い。入院者からはおおむね好意的に受け取られている。しかし、あまり確認作業が必要とされない長期入院者には、「確認もしないのに」と評判が悪いというコメントがあった。またリストバンドをしても、リストバンド上で確認するのは文字であるから、頻度の高い同姓者の取り違え防止には応用できない。別な手段が必要である。

8.訴訟に関して
 医療訴訟はダメージが大きい。勝っても負けてもぼろぼろになってしまう。賠償額が増加傾向にある。病院だけでなく個人にも保険に加入させている施設は出席者の約3分の1であった。国立では賠償責任のある医師個人に補償金の支払いを転嫁したケースもあり、個人で入ることを勧めているとのことであった。

9. 研修は有効か
 事故防止のために外部講師を頼んで研修をやりたいと思うが、やっているところはあるか、効果はあるのか?との問題提起があった。リスクの内容は医療機関によって異なるので、普遍的なノウハウはないという理由で、問題が生じるたびに広報し経験を蓄積するやり方をしているところが多かった。国立病院グループでは、マニュアルを各部門に求め提出させる方法を取っているが、ときどきマニュアルを読むことになるので有効であろうという意見も出された。

10.配置人員の問題
 オランダの大学病院では、1ベット当たり4人の職員、アメリカのがんセンターでは10人、日本では1.3人である。欧米とはシステムの相違もあり、一概に比較は出来ないが、日本の医療従事者が少ないことは事実である。

11.我々に何が出来るか
 医療の持つ特殊性に加えて、医療費抑制政策がもたらす人手不足などで、医療事故の解決は簡単ではない。しかし、現在の危機回避システムは、受療者の高齢化や技術の高度化、経済的環境の変化に伴う新しいリスクには対応していない。新しい事故防止システムの確立を急がなければならない。お互いに情報交換を行い、病院の意識改革を急ぐこと、特に看護婦の業務の見直しを病院全体で行うべきである。

 最後に”Never give up!”よりも強い”Don't ever give up!!”「何が何でもあきらめるな」を結びの言葉として閉会した。(中澤記)
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