講演会
●第7回医療制度研究会講演会講演要旨
「アメリカの医療事情−日本はこれをまねて良いのか」
元ニューヨーク医科大学臨床外科教授・KPMGヘルスケアジャパン取締役廣瀬輝夫先生
1.日本とアメリカの医療の比較
医療費としてアメリカは1兆ドルを使用している。日本は2500億ドル、経済規模はアメリカが2倍としてもかなり開きがある。社会保障、医療費などの福祉分野で国費の52%を使用するアメリカに対して日本は25%。米国は軍事費が国費の18%であることからいかに膨大なものであるかが推察される。
歴史的に見ると、米国の医療は、はじめ自由診療出来高制で行われていたが、1965年にメディケア(老人および身障者保険)が政管保険として始められて以来転機を迎える。メディケアの医療費は、開設当初は対象人口1500万人、34億ドルであったものが1983年には約30倍の1000億ドル、1995年には3500万人2000億ドルに急騰し、メディケアを中心とする医療費の伸びを抑える試みが幾たびか行われ、それが他の私的保険に波及した。
アメリカの国民医療費は80年代に15%の伸びを示し、DRG/PPS(診断群別包括支払い方式)が導入され、これを8%にとどめることが出来た。その後再び12%の増加に転じ、これに対してRBRVS(医師支払いに対する包括支払い制)が導入されて伸び率は8%に削減された。そこにHMO(集団保険による制限診療)が入ってやっと4%に抑制することができたのである。
日本は米国ほど急激な医療費の伸びを示していないが、1992年まで黒字であった保険財政は、政府管掌、国民健康保険が赤字に転じ、組合健康保険も近年赤字が問題になってきている。しかし、医療費の伸び率は4から5%の範囲にとどまり、アメリカに比べて半分以下である。この状況にDRGなどを含めた包括医療が導入されようとしている。
日本は薬剤費用が多い点(総医療費対29%、米国7〜8%)病床数が多い点、などを指摘されるが、本人の負担は日本の方が少なく、医療費を一人あたりに換算すると日本はアメリカの2分の一にすぎない。
2.アメリカの医療制度と変革
アメリカの保険制度は複雑で、一般国民の半分以上は、保険機関が包括的に医療を制限するマネージドケアでカバーされ、出来高払い方式をとる高額所得者むけの一般の保険は7%に過ぎない。その他公的保険として、65歳以上の高齢者が対象のメディケアが12%と、経済困窮者のためのメディケイドが13%を占め、のこりの15%は保険に加入していない。すなわち、国民の4分の1は社会保護が必要となっている。
メディケアを中心とする医療費の伸びを抑制するため、DRG/PPSが導入されたことにより、医療制度の変革は始まった。4年間かけて導入されたこの制度により、病院の数は30%に減り、病床占拠率も85%から60%と30%減少した。しかしメディケア、メディケイドも加入人口が急激に増加したため、さらなる変革が求められ、RBRVSが考案された。
一方、出来高払いに対応してきた民間の保険は、高齢者やハイテクの高額医療のために保険料の高騰を招いた。保険会社は高騰した保険料を下げるために、医療機関に医療費削減を求めるようになり、病院や医師と様々な契約を結び、支払いを制限する他に、医療そのものに制限を加えるようになった。この保険者による制限医療がマネージドケアと呼ばれる。この制度は、保険契約者を患者として医療機関に送り込むことを条件に、医師の診察料や入院費の値引きを求めるPPO、保険会社が直接医療規制に関与し制限医療を行うHMOなどに大別される。なかでもHMOは、直接病院を経営したり、参加する病院を認定したり、グループの医師と契約し、医療に制限を加えることにより割安の医療を提供するシステムで、医療費削減を意図する政府の推奨により、メディケアやメディケイドにも参入が認められるようになった。なおHMOの約半数は営利主義の企業により経営されている。
3.HMOの医療費支払制度
HMOの支払制度の特徴は、医師や病院を指定し患者を提供する代償として、DRGやPBRVS包括支払いの80%を支払う方式や、一人いくらという人頭支払いで年間何人と患者の割り当てを行い、年間一括で総額を支払う方式等がある。医療規制として診療のガイドラインが発行され、手術はすべて許可制、公認されていない術式の請求は支払いが拒否されることもある。入院日数はDRGより制限がきつく、患者からの訴えも多い。また州によっては、MRIなどハイテク高額検査機器は許可制で不必要な施設を作らせない規制もある。
病院への包括支払い方式であるDRG/PPS(予定支払い制)は、前年にかかった総額に、インフレ率、患者数の増加、新技術導入による支出増加、施設改善費用等を加味した支払い上限を設定し、その範囲で医療費を病院へ一括して支払う方式である。診断群に分けて原価費用を決めるDRGは、PPSの支払い額を算定する基準に使用される。この制度は数式により病院の実績に比例した配分と地域別の配分を行うことが可能なので、合理的であるように考えられるが、保険側が支払う総額を決めると、それに応じて病院への支払額が決定される仕組みなので、導入のはじめは支払いが潤沢でも、支払い側の都合で総額の削減が行われれば、それにあわせて条件が悪くなる性質がある。例えば、政府によりこの制度を導入された当初、訓練病院等の施設では、建設費が支払いの中に含まれていたが、財政が苦しくなると支給額を切ってくるから、レジデント教育の費用も削減されるなどである。この制度が導入されたために、入院日数が減り、公共病院の病床数は120万床から96万床に減少した。
RBRVS(医師支払いに対する包括支払い制)は、DRG/PPSが病院へ支払われる医療費に適応されたものであるのに対して、医師の支払いに対して考案された包括支払い方式である。医師がどれくらいの仕事をしたか、診療費に経費がいくらかかっているか、事故などの訴訟保険料にいくら支払ったか、地域の特殊性はどうかなどを考案して決められる。これも低く押さえられており8年で10%しか伸びはない。また家庭医に厚い配分がされており、心臓外科など専門医の評価は低く設定されている。そのほかメディケアでは、数多く手術を行うと手術報酬を下げるMVPS(メディケア量的施行基準)などもある。
4.HMOの問題点
HMOの問題点としては、加入者に医師および医療機関選択の自由が制限されることがあげられる。米国では民間保険会社による制限医療であるマネージドケアが半数を占めるので、加入者の自由選択権は日本の半分と考えられている。加入者は、救急の場合や、自分の加入保険に専門の医者がいない場合は、他の医師にかかることが許され、POS(組織外サービス)とよばれ、HMOの3分の1くらいで行われているが、保険での補償額は低く設定されている。
マネージドケアに市場原理が導入され、経済的側面が強調され過ぎたたために、病人権利(patient's rights)に抵触する保険側のトラブルが相次ぎ、保険側の責任を求める法律化も現在進んでいる。また営利の主導権はHMO側にあり、この目的のために、保険料をあげられない分、医療側への支払いを制限する点で批判がある。
もう一つの問題点は医療費削減という経済的な側面が強調されるあまり、診療は祖診祖療になりがちになるので、医療の質の確保が必要になる。DRG導入当初からPRO(Peer Review Organization)といって医療機関を監視する機構が新しく設立され、医療を知らない人が職員になり、医師を監督する仕組みが新しく設立された。診断、入院、退院、診療の質の審査に、看護婦や役人の意見が多く採用され、支払額がそれにより決められるという状態が見られるようになった。医療鑑査は1917年からすでに公的機関により行われていたが、制限診療とハイテク医療とが特徴になった現代医療において、益々盛んに行われるようになり、直接病人の診療に関係しない分野に多くの医療資源が食われると言う矛盾を抱えている。
5.日本の現状との比較
アメリカでは、病院に医師は所属しないことが多く、したがって、診療報酬の支払いも病院向けのDRG/PPSと、医師向けのRBRVSにはっきり区別されている。日本では医師が病院の職員として雇われ、病院に支払われる医療費には医師の技術料も含まれる状況にあり、病院に対する支払いと、医師に支払われる技術料が分離されていない。
また日本でも診療行為に対する統制として公定価格が設定されているが、原価を反映しないいい加減な決め方がされており、診療費が高いと削減してくるのが一般的である。日本ではもともと技術料が低く評価されていることに加えて、DRGの基準になるICDコード(国際疾病標準)による病歴管理がうまくできておらず、国立、私立で医療の内容が違い、学術や、教育に対しての評価もないなど、妥当なDRGに合わせた費用を算出する基盤がない。基盤が異なったアメリカの制度をそのまま導入すると混乱を招くおそれがある。
6.日本の医療改革に求められるもの
米国はこのような包括制限支払いの強化により、医療費削減に成功したが、その陰には医療行為そのものの制限と、不平等医療が余儀なくされている。一方、日本では制限付きの出来高払いにより、医療費の伸びが抑制され、総医療費もGPN対比で米国の半分の水準を維持し、しかも医療の恩恵を平等に享受できている現実を評価するべきである。全世界の傾向から医療費の増加が避けられないものであり、包括払い方式や、制限診療がその唯一の解決方法であると仮定しても、いたずらに米国の方式をまねて、急激な変化を病人の診療にもたらすべきではなく、現状の利点を維持しながらのソフトランディングが追求されるべきである。
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感想:廣瀬先生はアメリカ医療の一線で業績を積まれた方だけに、御講演には説得力がありました。日本の医療・福祉に使用される国家の財政支出が、アメリカに比べて著しく少ないことに驚きを感じました。国民皆保険で、比較的安いと考えられる日本の医療費が、何故国民から見て評判が悪いのかと疑問でしたが、国庫の支出にこれだけ隔たりがあったのでは、なるほどと思うしかありません。私たちの考えの中にある、お金がないのだから、サービス低下も仕方がないと言う考えも、もともと質が高いとはいえない日本の医療サービスを考えると、正しい考え方ではないかもしれません。
DRG/PPSが日本で考えられているものとは大分違うことにもショックを感じました。マネージドケアの医療干渉のすさまじさ、保険者の事務経費や営業利益、医療監視にかかる費用が莫大であること、病人の受ける恩恵と自由度から見ても、理想として求めるものではないように思います。
見方を変えれば、医療費高騰がアメリカほど深刻でない日本の医療改革は、うまく考えれば、アメリカよりも良いシステムを生み出す可能性を持っているといえるかもしれません。
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