医療制度研究会 〜21世紀の医療を共に考える会〜

第1回 日本の医療制度の現況 < 第1回 〜 第10回 > 第3回 DRGと医師技術料

講演会

●第2回医療制度研究会講演会講演要旨

「日本の医療制度とその問題点」


千葉大学法経学部経済学科助教授 廣井良典先生
1.はじめに
 高齢化社会の視野の中で、社会保障の改革は必須である。しかし、多くの議論は、高齢化社会の経済的なデメリットのみを強調し本質的なものなっていない。議論は社会保障全体として行われる必要があり、その中で、医療、福祉、年金の個別分野の改革が行われるべきである。

2.日本の医療システムについての分析―先進諸国との比較―
 日本の医療システムは、医療の供給を民間が行い、費用を保険と公費が負担しているという特徴がある。アメリカは供給と財政双方が民間であり、ヨーロッパ諸国では供給と財政双方が公的な制度の中に組み入れられていることが多い。この差は、キリスト教が病院の母胎になったヨーロッパと、私的な診療所が大きくなって病院となった日本と、伝統的に差異がある。日本に置いては戦後、経済的な理由と私的な診療所の影響力(医師会)で、特に民間型の傾向が強まっている。ちなみに、国立病院のシェアは29%(1951)→5.0%(1995)。
医療の内容は、外来受診率が非常に高く、入院率が低い反面、入院した場合の在院日数が際だって長い。人口あたりの病床数が際だって多いにもかかわらず、全体の医療費にしめる入院の割合がもっとも低い。つまり、日本の医療は外来主導型であり、入院は社会的入院の色彩が高い収容型という特徴がある。この特徴の背景には、国民皆保険で入院費が安いこと、外来は予約制でないのでいつでもかかれる事、他国に比較して病院が外来診療に積極的であることなどで、アクセスが良いことがポジティブに評価される。病院が外来診療に積極的な背景には、診療所をルーツにした性格から、業務の内容で診療所との区別が明確でないこと、また診療報酬体系が入院に不利な設定になっているため、入院診療の穴を外来で埋めるという病院の経営形態がある。近年は、外来受診率は横這い、病床数は規制により減少傾向にある。
診療内容の特徴は、1)手術頻度が低く、薬剤比率が高い、2)診療パターンや診療成果(質)に地域的なばらつきが目立つなどである。薬剤費は入院薬剤費の比率が高く(日本15%、欧米3−8%)欧米に比して保存的な診療内容が伺われる。また診療内容の地域的な差は、医療技術評価などによる医療の標準化が行われていない事が原因として考えられる。透明性、公共性のない、ブラックボックスとしての医療からは脱却する必要がある。
日本における医療費の財政配分の特徴は、医学・生命科学研究への配分が低い事である。94年のアメリカにおける基礎分野の研究費配分は医療が40%を占め、宇宙10%、国防9%などと比較して群を抜いている。日本医療に置ける技術政策不在の特徴は、医療技術は他国で安全性がチェックされたものを輸入する普及中心の財政配分にある。背景には政策的なプライマリーケア(開業医)重視がある。
医療費の総額は80年代まではイギリスと並んでもっとも低い情況であったが、高齢化、経済の悪化などで、今後はヨーロッパの水準を抜くと予想される。また国民医療費に含まれない差額ベット代、医師への謝礼などが10−15%あり、国民は負担感を持っている。また診療赤字を補填する補助金は数千億の単位でさほど大きくはない。
伸びが著しいのは老人医療費であり、34%(1997年)→50%(2025年)と予想される。老人世代の医療費の伸びが大き過ぎると、リスクの分散という保険本来の性格が、若年者から老人へ所得の移転とういう形になり、基本的な医療保険の性格が変質してしまう。世代間の公平のために、老人保険制度を中心とした制度の枠組みを再編する必要が生じるのはこの理由である。
以上のような日本の医療制度の特徴は、老人問題、医療の質、透明性、技術評価、病人権利、情報開示、選択、競争、高度医療、研究開発など二次的な課題を残すものの、開発途上の国の医療政策としては、画期的なものであり、世界銀行、世界開発報告がまとめた「健康への投資」1993年のレポートの提言もこの線で行われており評価は高い。これからの日本医療の課題は、質や高度医療に着目した方向へ転換する時期にあると考えられる。

3.医療改革の方向性
 以上の認識に立って、具体的な改革を次に述べる5つの問題に沿って考えてみたい。

 現行の診療報酬は外来診療に比して入院部門の評価が薄い。具体的にはチーム医療や高次医療への評価が薄いという形で現れている。この結果入院部門の赤字を外来部門の薬剤や、検査で補填するなどいびつな経営構造や、良心的な医療を行うほど赤字がでる構造になっている。質とコストに着目した診療報酬に変わるために、入院機能を重視した次のような考えを提示したい。

診療所、小病院に定額制、または総枠規制を導入し、一般急性期病院へはDRG型の定額規制を導入する事により、入院医療への資源配分と、定額制によるものより人への診療内容の変化を期待する。
ソーシャルワーク、カウンセリングなどの人的なサービスにかかる費用を評価し、社会、福祉サービスの普及を図る。
研究、教育への評価を十分行い、科学的思考と、医療の質を高める。
医療機能評価と連動して質に着目した評価を行う。
設備投資などキャピタルコストの別枠評価を行っていく。

 などの方向を持った診療報酬体系の再編成が必要である。
以上のような方向性が実現するためには、診療報酬を決定する政治的なメカニズムも改革されなければならない。現在診療報酬の改訂は「中医協」で行われており、ここで医療費30兆円の配分が決定される。構成員は医師会と厚生省保険局医療課で、この二者で全てが決められる現状である。中医協に公益委員(患者を含む国民の代表)の増員と、病院(公的病院、大病院)代表を加入させる必要があり、また、看護婦、PT、OT、ソーシャルワーカーなどコメディカルの声が反映されるシステム、診療側、支払い側の協議、などのために新たな組織が必要である。現行の医療費配分は、医療業界という閉じられたサークルで、既得権を持つものの間で、パイの配分ゲームになっている。これを改革するためには、検討のベースになる地道な実証研究が必要であり、公共的な観点から企画調査を行い審議する場が必要と考える。

参考1: 参考:定額制について
定額制は診療報酬体系のなかで今後大きな意味を持つと考えられるので、この点を解説する。基本的には診療行為の定型性を目的とする考え方であり、医療費抑制だけで議論されるべきではない。
急性期を過ぎた老人医療など、病状安定期におこなわれるものはすでに施行されている。プライマリーケアの分野へ定額制を導入することは、すでにドイツ、フランスなどで行われている。プライマリーケアは、対象となる病人は多様であるが、診療自体はベーシックなものであるので、定型性を持っている。急性期医療の定型性については疾病別など、より細かな対応が必要である。また高次機能病院の診療は定額制にはなじまない。
定額制の問題点として、利潤追求のために、必要な医療を行わない、粗診粗療が起きる可能性があり、何らかの形で、成果をチェックし、また医療機関の間に競争原理が働くようなシステムを作ることが必要である。
急性期入院医療への定額制は、入院医療費が医療費増加の最大原因である欧米で導入された。日本では入院医療費が占める割合は、全医療費に対して38.3%と欧米の水準よりはるかに少ない(1993年度のデータ、アメリカ58.5、ドイツ44.6%)。社会的入院に示されるように、日本の特徴は老人以外の医療費の占める割合が低いので、この制度の導入は、医療の標準化としての意味はあるが、医療費抑制に使われると、一層入院医療にマイナスの効果をもたらすおそれがある。

2) 高齢者ケアの改革
 高齢者のケアは疾患の治癒や、救命という価値観より、障害に着目した生活の質を高めるという価値観で行われるべきである。基本となるコンセプトは開業医が中心になる感染症などの第一線の医療から、病院施設を中心にした慢性疾患の治療に移行し、それが老人退行性の疾患を持つようになり、福祉、在宅の介護サービスへの移行が行われる。サービスの供給は医療より福祉へ、施設より在宅へとシフトが行われる。財源面では高齢者福祉を統合した独立のシステムが必要である。
高齢者医療では死亡に関する論議が必要である。死亡者数が急激に進行する中では、今のような病院オンリーの対応だけでなく、死に場所の選択肢を拡大する必要があり、福祉全体としてターミナルケアの充実を図ることが必要。

3) 医療保険制度の枠組みの改革(保険と税金)
 保健医療システムは保険と租税の二つからなり、それぞれ異なった性格のものであるが、現行の医療システムではこれが渾然一体になっていて、問題を生じている。保険とはリスクを分散することが本来の性格であり、同格対等な個人がこれを支えあうという前提が必要である。一方福祉は必要な人へ、必要としない人から所得を移転させる性格があり、これを支える人と支給される人との間には格差があることが普通である。したがって保険は保険料から、福祉は租税から行われることが合理的である。現在生じている老人拠出金の問題、健保組合が保険者として活動が不活性なのもこの性格の区別がされず渾然一体になっていることが原因である。
今後の方向として、老人医療は、医療と福祉を統合した税金を財源とする独立のシステムとし、若年者については、保険者機能を強化するなど、積極的な保険原理を導入することが必要との私見を持っている。

4) 選択と競争の原理を導入するために
 日本の医療保険システムにあっては、一定レベル以上の医療をあまねく全国民に提供するという時代背景から、知事権限である保険医療機関の指定はこの政策に沿って行われてきた。このため保険者には自律性が無く、全国一律の画一的な規制が実施されている。保険者は収支のバランスを取るために、欧米では医療機関を選択し、また直接医療機関と診療報酬を交渉する権利も与えられている。保険者が独自に医療機関を指定できるなどの改革があれば、選択、競争の原理が働く。
医療機関の評価は患者本人が行うことは難しい。評価のためには医療機関の内容や、質を判断するエージェントを必要としている。
具体的なステップとして、レセプトの電算化、評価方法の確立、疾病管理、診療ガイドラインなどの手法が考えられる。レセプトの開示も良いが、個人のみではチェックに限界がある。
日本型管理競争と医療技術評価/医療機能評価の検討のために、厚生省は96年12月に「医療技術評価推進検討会」を発足して検討がなされている。テクノロジーアセスメント研究、情報データベースの整備、診療ガイドライン作成などがされるべきである。

5) 医療技術政策の確立
 医療技術開発や、薬剤の発明などの分野は、いままで最も軽視されていた分野である。基礎研究支援強化にため、アメリカのNIHのような組織も必要である。その他臨床研究に関するシステム整備、医学部、MD、PhD教育の見直し、なども検討されるべきである。

4.社会保障改革のビジョン
 医療、年金、福祉、にわたる社会保障の全体を視野に、社会保障全体の最終的な将来像を考える必要がある。

1) 年金、老人福祉などは所得再配分の性格から、税金を用いるべきであり、若年者医療はリスクの分散を性格とした、社会保険が考えられるべきである。
2) 公的に行われるべき保障は、医療を中心に、予防健康増進、高度先進医療、介護福祉、アメニティの一部をカバーし、年金で基礎的な部分を保障、福祉は医療、年金以外の身体介護と家事援助などにの援助を補助することを提言する。
3) 医療制度の選択肢について現在の医療、年金、福祉の改革の縦割り論議を進めるのではなく、社会保障全体の最終的な姿に関する議論がなされるべきである。基本的な選択肢としては、全分野重点型、医療福祉重点型、年金重点型、市場型などが考えられるが、医療福祉重点型が現実的と考える。
参考2: 欧米諸国における社会保障改革の動向
1) 年金は公的給付範囲そのものを大胆に縮小する傾向、年金水準の引き下げ、民営化など。
2) 医療における公的給付範囲は、ある一定以上の保障を確保し、その上で市場原理、競争原理の導入による効率化を図る。
3) 福祉は高齢者ケアを中心に、医療→福祉、施設→在宅にシフトが見られる。

感想:廣井先生は厚生省から離れて現在の教職の立場から御講演をいただきました。先進諸国との比較は興味深く、前回池上先生が医療費のほとんどが病院中心に使われているとういう問題点を指摘されましたが、先生の説明では入院医療費は日本は少ない、医療費の入院比率が高いのは当然ということになります。老齢になってから入院医療に参入する病人さんが多いことが、手術が少なく、社会的な入院が多いことの原因かも知れません。現在の基本構造は悪くないという見方が出来ます。中医協に病院の代表をという話も、先生の口からお聞きするとは思いませんでした。病人さんのニードに必死になって答えているのに、何で病院だけペナルティを受けなければならないのかという素朴な疑問は今後も持ち続ける様にしたいと思います。
高齢者のケアは、健康保険の性格から考えて分離すべきというお考えも、高齢者は延命や救命より障害に着目すべきという点、死を考えに入れた議論とともには説得力があるお話でした。
質疑応答で、在院日数の短縮にむけた病院の動きが活発化するに伴い、入院を必要とする高齢者を受け入れきれないという会員の御意見がありましたが、改革のマイナス面の多くは高齢者に向けられると言う気がしました。大きな課題と思います。また、勤務医の組織化の話もでました。有り難いことと思います。永続する力を付けるためにも今は勉強のときと思います。
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